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その夜。朔はまたいつもの夢を見た。
あの洋館だ。まだ新しくきれいだ。
紫野によく似た少女が、あの部屋の真っ白なベッドで横たわっている。
朔はその横にある椅子に座っている。
楽しそうな談笑。幸せな気持ち。
朔は、夢の中のその少女は紫野なのだと確信した。
紫野を愛しく感じる朔。
紫野と結婚を心に決めた朔。
その夢の中では、朔と紫野は恋人同士のようであった。
目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋だった。
(なんだ?やけにリアルな夢。いつもの夢と少し違う。…紫野、やっぱり紫野はあの夢の中で見た子だったのか。でもどうして夢に…。それに、どうして紫野に会ってから懐かしい感じが消えないんだろう。昔、会っていたのか?)
「朔ー?早く準備しな!学校行きな!」
リビングから母親の声が聞こえて来た。
朔は、会社員の父親と看護師の母親の三人家族だった。父親は物静か、母親は元気で豪快な人だ。
気だるそうにベッドから起き上がり、着替えを済ませ、リビングに向かう。
母親の準備した野菜ジュースだけを飲み干し、朔は早々に出発する。
「あんた、またジュースだけかい?それに今日は早いね!珍しい。」
母親が言う。
「ああ、ちょっと調べもの。」
そう言って朔は家を出た。
いつも成績は可もなく不可もなく、スポーツもまぁ普通…なんとなく受験勉強している朔。
そんな朔だったので母親は驚きながらも、なにかに熱心な朔に感心した。
家を少し早く出た朔は、昨日の洋館に来ていた。
玄関ドアをノックする。
「おじゃましまーす。紫野?いる?」
朔がドアを開けてそう叫ぶと、洋館の奥から紫野が出てきた。
「朔、いらっしゃい。今でも朝は飲み物だけなのね。ダメよ。ちゃんと食べなきゃ。」
「え…?どうして…紫野、昔、俺と会ったこと、ある?」
「良く知ってるわ。やっぱり、あなたなのね。また会えて良かった。ねぇ、朝食を作ったのよ。朔、食べて行って。」
「え…?紫野…?なんのこと?」
「いいから、来て。」
そう言うと、紫野はリビングに向かった。
朔もついていく。
「さあ、どうぞ。」
昨日、ほこりがかかった白い布がかけてあったテーブルセット。
なぜかきれいにそろえられていた。
キッチンには調理道具もそろっている。
不思議に思いながら、朔が席に着くと、紫野はキッチンから料理を運んで来た。
野菜がたっぷりの温かいお味噌汁、そして炊き込みご飯のおにぎり。お漬物。
朔と同じ年頃の女の子が作るには少し古風だが、朝に弱い朔には優しいメニューだった。
朔は味噌汁を口にした。
「あれ?この味…なんか懐かしいな。」
「そうでしょう?おじいさまたちがそこの畑で作った野菜なの。栄養があるのよ。私もこれを食べて、きっと元気になるわ。だから、また…」
紫野はそう言うと少し俯いた。
「紫野?どこか病気なの?」
「ううん、なんでもないのよ。さ、食べて。」
紫野は何かを隠すようにそう言った。
朔が食べた料理は全て懐かしい味がした。
そして、いつの間にか朔は眠ってしまっていた。
夢の中で、朔はまた洋館の中にいる。
「龍太郎さん。また会いにきてくれて、うれしいわ。ありがとう。あなたに会えると、私はいつも元気になるの。きっとまた一緒にお散歩に行けるわ。」
この前の夢で見た時より痩せ細った紫野。
表情は明るい笑顔だ。
「そうだね、また散歩に行こう。庭の紫陽花がきれいだよ。」
「ええ、龍太郎さん。」
(龍太郎…?俺は…そうか、龍太郎。紫野の家の近くに住んでいた。紫野は俺より3つ年下で、小さな頃からよく一緒に遊んでいた。勉強を見てやったりもした。)
朔は夢の中で、なぜだか龍太郎の記憶を感じていた。
「龍太郎さん、これ…。」
そう言うと、紫野は朔に手紙を手渡した。
(ああ、そうだ。俺は紫野と文通をしていた。いつも会いに行った時に手紙を交換していたんだ。)
「龍太郎さん。また、会いに来てね。」
(そうだ、紫野は身体が弱かった。)
「大丈夫。また来るよ。紫野。」
そう言うと、朔は部屋を出た。
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