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目を覚ました朔は、今までにないぐらい泣いていた。
そして、今までぼんやり感じていたことの全てを思い出した。
忘れていた遠い過去、龍太郎として生きていたこと。
あの丘の通りにある紫陽花は、病気がちだった紫野を元気付けるために龍太郎が植えたものだったこと。
紫野は助けられなかったけれど、龍太郎はあれから医者になり、たくさんの人を救ったこと。いつか、紫野にまた会えると願いながら…。
そして、紫野を心から愛していたことを。
朔は、いまだに紫野はあの洋館から離れられずにいるのではと思い、すぐに洋館に向かった。
洋館にはやはり鍵がかかっている。
朔は庭の方に廻った。
雑草だらけだが、紫陽花がまだたくさん咲いていた。
「この紫陽花…紫野とよく見ていた気がする。」
朔は古びた庭の椅子に座り、そっと目を閉じた。
ーーー「龍太郎さん、今日はとてもいいお天気ね。私、庭で紫陽花を見たいわ。」
真っ白なワンピースを来て、はしゃぐ紫野。
長い黒髪が風に揺れている。
「龍太郎さん、見て!きれいでしょ。久しぶりに通りにも出てみましょうよ!」
そう言うと、紫野は龍太郎の手を引いて通りに出た。
通りの紫陽花は満開に咲いていた。
「わぁ…!この通りの紫陽花、こんなに満開になったのね!」
それは、数年前に龍太郎が内緒で植えた紫陽花だった。初めは、紫野の家の前の通りの花壇にこっそり一株植えたのだが、その紫陽花を見た地域の人たちがきれいだと思い、通り全体に少しずつ増やしたものだった。
嬉しそうにはしゃぐ紫野に、目を細めて微笑む龍太郎。
幸せな記憶に浸っていると、朔は物音で我に帰った。
ーーーガタン!!
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