悪文

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 瞬間、私は思わず顔を背けた。  鼻をつく異臭。  年を経て劣化した紙やインクの臭いなどではない。  もっと生々しい、なにか腐臭めいたものだ。  こみ上げる酸っぱい唾をなんとか呑み込み、私は無理やり視線を戻した。  手文庫の中には、一見してなんの変哲もない封筒が納められていた。  震える手で取り出すと、腐臭がさらに強くなる。  間違いない。  臭いの原因は、この封筒の中身だ。  封筒の表書きに記されている名前は、祖父のものだった。  どことなく祖母の手になる字のような気がする。  もしかすると、祖母から祖父宛に出された手紙かもしれない。  裏書がないので、確かなところはわからなかった。  乱雑に破り切られた上部を広げ、息を止めてから逆さに振って中身を取り出す。  ずるりと零れ落ちたのは、一枚の紙だった。  ところどころ変色した和紙に、のたくったような筆跡で書かれた文字はたった二つ。  背蛇。  たったそれだけ。  だというのに。  紙に触れた指先から、おぞましい気配が流れ込んでくるような錯覚に陥る。  怖気は肌を這い回り、首筋にまわり、まるで私の中へ忍び込む隙を探すようにじっと息を殺している。  一刻も早く投げ捨てたい。  なのに。  貼り付いたかのように、指が離れない。  射すくめられたかのように、身体が動かない。  どれほどの間、その不気味な手紙と向き合っていただろう。  突然鳴り始めた着信音で、ようやく金縛りが解けた。  母からの電話だった。
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