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 ここは場末のスナック。店内は温かい色の照明と、カウンターだけの小さな店で、カウンターには常連のメンツが揃っていた。時折、カラオケで演歌や浜田省吾などの昭和の代表曲が流れる。  カウンターの中には、このスナック「花弁」のママである喜美ママがお客に接している。細身で髪をひとつにまとめて、黒いワンピースを纏った、凛とした姿は四十代後半とは思えないほどの美貌を保っている。喜美ママは、常連のお客と笑顔で会話をしていた。  お客の一人が言う。 「今日も翔子ちゃん、元気だね」  そう目の前の喜美ママに言うと、視線をカウンターの端にやった。  そこには喜美ママの娘、翔子の姿があった。翔子は花柄のトップスに、細身のジーンズ姿で、長い茶色の髪を肩まで切り揃えており、出るところは出ているという、モデルのようなスタイルがとても魅惑的だ。場末のスナックではなく、繁華街のキャバクラで働いていてもおかしくないほどの美貌である。  翔子は、目の前に三名の作業着姿のお客がいて、その三名の接客を始終楽し気にしていた。  喜美ママが、翔子の方を見て、 「そうね。あの子も、昼も仕事しながら、ウチも助けてくれるから本当に助かってるわ」  言って、喜美ママと、目の前の常連のお客は、焼酎片手に翔子のことを話していた。  常連客のほとんどは、喜美ママに会いにくる客が多いが、翔子はまだ三十手前で、その美貌は完全に遺伝だろう。見栄えもよく、性格も良い翔子のファンも多く存在していた。  翔子の笑顔には皆、同調するかのように笑う。実際、今接客している三名も、始終、笑顔を絶やすことなく、酒をうまそうに嗜んでいる。  別の常連客で、喜美ママのお客が、 「翔子ちゃんも、結婚して、親になって、以前より大人ぽくなったし、色気も出てきたよな。これからが楽しみだな。ママと同じ年になったら、きっと、ママより良い女になってるかもな」 「そうねえ。そうかもしれない。私も負けないように、綺麗にならないとね。だから、江松さん、はい、エステ代頂戴」 「馬鹿言え。ここで毎日飲んでるんだ。そんな金はないよ」  言って、お客とママは声を出して笑っていた。ここに集まる常連客は、ママと翔子の作り出すこの店の雰囲気が落ち着くのか、毎日のように足しげく通う客が多い。  それも、喜美ママの人格もあるだろうし、翔子の気立ての良さがそうさせているのだろう。  その時、翔子がママの方へ行った。ママのいる場所には、足もとに冷蔵庫あり、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、翔子は、顔を上げて、くしゃりと笑みを零し、 「江松さんたち、あとで私もご一緒させて下さいね! 結構飲んだから、酔ってますけど、みんなともっと飲みたいっ! 今日も飲むぞー!」  言って、ブイサインをすると、常連たちはその翔子がコロコロと笑う姿を見て、自分たちも勝手に笑顔にさせられてしまった。 「翔子ちゃん、今日も可愛いね。あとで、一緒に飲もう飲もう!」 「俺は、ママより、翔子ちゃんがいいなあ。ママ、翔子ちゃんとデートさせてよ」  そう客が口々に言うも、ママは手を口に当てて、 「翔子は高いからね。それでも良いなら、どうぞ」  言うと、店内が笑い声で満たされるようだった。小さな店内にひしめく人々が深夜にも関わらず、元気なのんべえばかりで、温かい雰囲気が漂う。社交場としては十分なスペースである。
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