かくれんぼ

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 じゃんけんの結果、私が鬼と決まった。 「じゃあ、数えるから、みんな隠れて」  友人たちが散っていく。私は一人、その場に取り残された。かくれんぼの鬼をやるのは、この最初の孤独感があるから嫌いだ。  しかし、じゃんけんに負けた手前、しっかりと鬼の役割を果たさなければならない。私はさほど太くもない木の幹に、机に突っ伏して寝るときと同じようにして、一から三十まで声に出して数え上げた。数えながら、今の自分は傍から見たら滑稽じゃなかろうかなどと、要らぬ心配をした。 「もういいかい」  目を閉じたまま、空に向かって大きな声を出す。 「もういいよ」  という声が返ってくる。しかし、それに遅れて 「まあだだよ」  という声も返ってきた。この声はタカシだ。  さらに十秒。 「もういいかい」 「もういいよ」  その声を最後に辺りは、しんと静まり返る。目を開けると私は本当に一人ぼっち。車通りのある道からも離れているので、本当に静かだ。  実は皆して、こっそり帰ってしまったのではないかと不安になる。まずは一人目を見つけなければ。一人でも見つけてしまえば、それでもう安心できる。  神社の裏の自然豊かな公園。そこが私たちの遊び場だ。中心には大きな池もあって、大きな錦鯉が大儀そうに泳いでいる。  校庭よりも広い公園だが、隠れることのできる場所となると限られてくる。大きな木の陰、水飲み場の陰、日本庭園をイメージして配置されたのかは知らないが、それっぽい岩の陰。とにかく物陰だ。  神社の周りの林の方と、トイレの中は禁止だ。隠れていいのは公園の中だけ。何度もやるうちに隠れ場所も発掘し尽くした感がある。鬼にとっては難易度の低いフィールドだった。  駆けだしてすぐに一人目を見つける。大きな木の陰にしゃがみ込んで、幹に顔を伏しているが、おさげの髪型と服装ですぐに分かる。 「アキちゃん見っけ」 「うわー、いちばん最初に見つかっちゃった。タケルくん、反対の方から回ってくれればいいのに」  次の鬼はアキちゃんに決定だ。ちょっと申し訳ない気持ちになる。 「ユキトも見っけ」 「ちくしょー、早いなぁ」  その後も次々と隠れている友人たちを発見していく。どこもかしこも、かつて誰かが隠れたことのある場所で、私は見回りの点検や確認作業をしているような気分になる。 「あっ、タカシ見っけ」 「駄目だったかぁ」  これは危うく見逃すところだった。タカシは服を土で汚しながらも、ベンチの下の狭い隙間に潜り込んでいた。そんなところに隠れていたのは初めてだ。 「こんな狭いところ、よく入る気になったなぁ」 「滅茶苦茶、汚れてるよ」 「あー、これは怒られるかもなぁ」  間違いなく今日のMVPはタカシだ。あと二人残っているが、ここまで本気の隠れ方をしているのは恐らくタカシだけだろう。ここから先、残っている隠れ場所は、木の陰と物置の陰だけだ。それ以上行くと最初の位置に戻り、公園を一周してしまう。 「リサちゃん見っけ」 「見つかっちゃったぁ」  予想通り、木の陰に一人。残るはシュウジだけだ。  物置の方へ、わざと落ち葉を踏み鳴らしながら近づいて行く。そして…… 「あれっ?」  物置の後ろにも横にもシュウジはいなかった。どこかで見逃してしまっていたのだろうか。  私は公園をもう一周した。ベンチの下も見たし、まさか潜ってはいないだろうと思ったが、池の中まで覗き込んだ。トイレにも入ってみた。しかし、それでもシュウジは見つからなかった。  実は私たちと常に反対側になるように、公園内を動き続けているのではないかとも考え、逆回りに歩いてみたりもしたのだが、それでも見つけられない。 「もう、こうさーん」  降参すれば鬼の負けである。次も私が鬼だ。悔しいが仕方がない。  しかし返事はない。ただ秋の風が吹いて、木々の葉がこすれ、落ち葉が転がっていく音がするばかりである。 「シュウジー、こうさぁーっん」  二度呼んでも三度呼んでも、返事はなかった。 「誰かシュウジが隠れるところ見たか?」 「わたしは見てないよ」 「僕も見てない」 「俺も」  こうなってくると、いよいよ発見は不可能だ。それどころか、かえって心配になってくる。 「シュウジー」 「おーい」  皆でシュウジの捜索を始める。二手に分かれ、公園内を回ったが、シュウジは出て来なかった。 「どこに行っちゃったんだろう」  まさか遊び始めてすぐに帰った、なんてことは無いだろう。公園には二つの出入り口があり、他の皆がかくれんぼに夢中になっている間に、こっそり帰ろうと思えば帰ることも可能だ。しかし、シュウジはそんなことをするような奴じゃないと思う。割と真面目な性格で、引っ込み思案や人見知りという言葉とは無縁な子供だ。万が一、急用を思い出したにしても、ひとこと声をかけてから帰ると思う。 「公園の外に行ったんじゃないか」  ユキトが言った。確かに帰らないにしても、その可能性は大いにある。既に公園内に隠れられる場所は無いと判断して、禁じ手を使った可能性だ。しかし、声も届かないとなると、よほど遠くまで行ったことになる。 「だとしたら林の中か神社の方かな」  私たちは公園の中から直接入ることができる林の方が有力だと考えた。神社の境内へは、一旦公園から出て道路を通って行くか、林の中を突き進んで行くかの二通りの手段がある。しかしどちらにせよ、かくれんぼ中に行くには距離がありすぎるので、それならば側の林の方がありそうというわけだ。 「よし、行こうぜ」  毎日のように目にしている林だったが、その中に足を踏み入れるのは初めてだった。中は外から見るよりも薄暗く、気温がぐっと下がったような気がした。地面に大振りな枝が落ちていて、結構歩きにくい。 「今更だけど、この森って勝手に入っても良かったのかなぁ」 「何言ってんだよ、トシキ」 「だってこの森って、一応神社の森だろ。なんだかバチが当たりそうで嫌だなぁ」 「そんなこと言ってんじゃねえよ。大体、シュウジがいるかもしれねえんだから、仕方ねえだろ」 「いるかなぁ」 「何だと。そんなに嫌なら向こうで一人で待ってろ」 「ちょっと、二人とも喧嘩しないで」  このような神社の周囲にある森林を鎮守の森と言うのだと、死んだ祖父から聞いたことがある。それ以上は詳しく知らないが、確かに勝手に入っては良くないのかもしれない。結果、今の私の心の中は、禁じられた探検をしている気分の楽しさと、不安な気持ちとが半々だ。  しかし、もしも私がこの場に一人きりであったとしたら、楽しさなど微塵も感じることはなく、一目散に明るい方へと駆け出すであろう。果たしてシュウジはこんな不気味な場所へ、一人でやって来たのであろうか。 「シュウジー、どこー」 「おーい」  この地域によくある防風林を、少し大きくした程度だと舐めていたが、思った以上に広い。そしてシュウジは見つからない。さすがに先頭を進んでいたユキトも、ここにはいないと判断したらしく、一度公園に戻ってから神社の方を捜すことになった。  私は内心、早く林の外へ出たいと感じ始めていたから、ようやく出られると思って今度は先頭に立った。随分長い時間に感じたが、池のほとりの時計によれば、実際は十数分の間だったらしい。 「やっぱり戻って来てないか」  一応、公園内を一周してみたが、やはりシュウジの姿はなかった。 「帰ったんじゃないの?」  トシキが飽きた風に言った。内心、私もそれはあり得るのではないかと思った。もしくは、あまり考えたくないことだが、何か良くないことが起きたのではないか。例えば誘拐などの犯罪に巻き込まれたり、近くの農業用水に流されたり。 「まだ神社の方まで捜してないだろ」  ユキトがイラついた風に言った。それでみんな黙って後ろを歩きだした。公園の外に出ると、私は正面から射す西日に思わず目を伏せた。地面には各々の影が黒く長く伸びている。その中に、おかしなものを見つけた。怖いもの、と言ってもよい。とにかく、あり得ないものだ。 「みんな待って、影が、変な影がある!」  私の言葉に一同が振り返る。私は口で説明するよりも早いと思い、地面を指さした。そして、今のままでは分かり難いかもしれないと思い、太陽を背にして立っている三人ぐらいを移動させた。 「あぁっ!」  これで一目瞭然だった。石畳のように舗装された歩道の上に、誰も立っていない所から、私たちのものと同じような影が伸びている。そして、それは動いている。手があり腕があり、体があり脚があり、頭がある。人間の影だ。  現場は騒然となった。全員後ずさりして、リサちゃんが叫びながら駆け出すと、皆それに続いた。ヤバい。出た。殺される。呪われるぞ。誰かが叫んだ。  立ち位置的にも私が一番、出遅れた。ちらりと振り返ると、影もついて来ているようだった。取り敢えず全力で走った。先程まですぐ側にいたものだが、今度追いつかれたら、どうなるか分からないと思った。 「みんな大丈夫か?」  神社に逃げ込んだものの、ここから全員どうしていいか分からない。それに境内は木に囲まれているので薄暗くて、日向にいるよりも何か出そうな雰囲気だった。御守りや何かを売っている所にも人影は無く、灯りもついていなかった。無論、参拝客などいない。 「あれって何だったの」  アキちゃんが誰に尋ねるともなしに呟く。 「もしかして」  と、トシキが口を開いた。 「あれってシュウジだったんじゃない?」 「何であれがシュウジなんだよ」 「いや、もう死んじゃって影だけが出て来たとか」 「お前、最低だな」  口を利くのはトシキとユキトの二人ばかりだ。その他は不安そうな顔をして、ただ黙って鳥居の向こうに目をやったりしている。 「おや、どうかしたの?」  私はぎょっとして振り向いた。皆も驚いた。女子は短く悲鳴を上げた。 「おっと、少しびっくりさせちゃったかな」  そこにいたのは神主さんらしい格好の、白髪頭のおじいさんだった。ニコニコしていて、優しそうな感じだ。 「もう日が暮れて暗くなるから、遅くならないうちに帰った方がいいよ。ここら辺には、いたずら好きな妖怪が出るからね」  神主さんは、まるで幼稚園児を怖がらせようとするかのような調子で言った。  それまで黙っていた友人たちが、さっき遭遇したばかりの奇妙な体験について話し始めた。二、三人が一気に喋るので、聞き取りづらいことになっていたが、神主さんは黙って頷きながら聴いていた。 「そう、それは怖かったね。でも、もう大丈夫」  ぱんっ。  神主さんが一つ、柏手を打った。物凄い大きな音だ。それが境内に響き渡って、ざぁっと吹いた風にも何か特別なものを感じる。 「ほら、後ろを見てごらん」  一体、何のことやら、と思って言われた通り振り返ると、そこにシュウジが立っていた。 「シュウジ!」  慌てて皆が駆け寄る。玉砂利が鳴った。 「どこ行ってたんだよ」 「帰っちゃったのかと思ったよ」  皆に囲まれて、シュウジは泣き出した。 「どうしたんだよ」 「だってよぉ」 「だって、じゃ分かんねぇよ」 「僕、ずっと皆の前にいたのに、誰も気づいてくれないもんだから、ずっとこのままなんじゃないかって」  シュウジが語ったのは、およそこのような内容だった。  かくれんぼをやると決まった時から、シュウジは今までにない隠れ場所を発見してやろうと意気込んだ。しかし、普段から遊んでいる公園で、新しい隠れ場所を探すのは至難の業だった。私の秒読みも残りわずかだ。その時、池のほとりの花壇に、枯れてそのままになっている向日葵が目に入った。あの中は絶好の隠れ場所に思えた。  そこで、悪いとは思いつつも、その中に足を踏み入れた。 「だめだよ、はいっちゃ」  ぎょっとした。いつの間にか、すぐ後ろに小さな女の子が一人、自分を睨んで立っていた。  どこかで「もういいよ」の声がして、シュウジは焦った。 「あっち行け」  手で追い払うような仕草をして、とりあえず花壇の中へ身を隠した。しゃがんで茎の隙間から窺うと、幼女は既にいなくなっていた。  私が素通りするのを見て、うまくいったと思った。  しかし、降参の声を聞いて出て行くと、雲行きが怪しくなってきた。全員、まるで自分が見えていないかのように振舞う。最初は意地悪されているのだと思った。しかし叩いても揺すっても無視され、終いには森の中まで捜しに行くに至って、ようやくただ事ではないと思い始めた。  そして、もう一生このままなのかと絶望しかけた時に、私が影を発見した。これで気づいてもらえるかもしれないと期待を持った瞬間に、全員が逃げ出したのには悲しくなった。しかも逃げた先は辺り一面が影になっている。  もう駄目だと思った。どうして、こんなことになったのかは分からないが、自分は透明人間になってしまったのだ。  と、思うと今度は老人が出て来て、手を叩く。それで何事もなかったかのように、元に戻ってしまった。 「その話、本当?」 「本当だよ、皆だって僕の影だけなのを見たんだろ?」 「そうだけど……」  いつまでも喋り続けそうな我々を見かねてか、その場を締めるように神主さんが言った。 「さあ、友達も見つかったことだし、帰った帰った。あまり遅くなると親御さんが心配するからね」  最後に、こうも付け加えた。 「これからは花壇に入ったり、小さい子に冷たくしちゃいけないよ」  しかし、これだけ不思議な体験だったにもかかわらず、翌日には記憶が曖昧になっていた。他の皆も、当の本人であるシュウジでさえ、あやふやな感じだ。もう一度現場に行ってみよう、ということになった。 「あれっ、無い。無くなってる」  行ってみると、花壇には草一本生えておらず、向日葵なんてどこにも無かった。果たして昨日はあったのかと尋ねられても、ちょっと思い出せない。あったようにも、無かったようにも思える。  極め付きは神社に行ってからだった。境内は昨日と変わらない様子だが、今日は御守りや御札を売る所に人がいて、その代わり昨日の神主さんは見当たらなかった。建物の中かもしれないと思い、売り場のお姉さんに訊いてみたのだが、そんな老人は知らないと言う。それでも神主さんを呼んでくれた。 「白髪のおじいさんねぇ。私も知らないなぁ」  出て来た神主さんは、昨日のおじいさんとは似ても似つかない人物だった。まだ中年のおじさんと言ったところだろうか。しかし、そこで昨日のおじいさんの顔を思い出そうとしても、神主さんと同じ格好で白髪頭の優しそうなおじいさん、というだけで、それ以上は何の特徴も出て来ないことに気付いた。 「もしかしたら妖怪だったのかもしれないね。この辺には、そういう話がたくさん残っているから」  神主さんはそう言って笑った。  それからも私たちは、その公園で遊び続けたが、このことがあって以来、かくれんぼをやろうと言い出す者は無かった。
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