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花嫁
この姫は、江戸の賑わいを知らない。この姫は、雪の冷たさを知らない、長く薄暗い廊下の冷たさも、夏のじりじりとする日射しの強さも知らない、江戸に居るというのに…襖の内側が姫の世界の全てだった。婚礼の義にて、初めてお姿を拝見した。
そして愕然とした。
殿はそれでも何も言わなかった。上杉を救った救世主から、一つの汚点でお荷物扱いになった事を、そのお顔が語っていた。婚礼の夜まで一切花嫁がどのようなお方かは、情報がなかった。回りが自分の耳に入れようとしない様子だけが微妙な空気を醸し出していた。
襖の向こうには、話す事も姿勢を保つことも出来ない、白塗りの…クスリともしない不安定なお方がいた。
始め、この襖の奥の世界を訪れる時は、何とはなしに、気後れがした。
「驚ろいたであろう?」
後ろから殿が一言のみ、発したまま歩いて来る。弾かれた様に頭を下げた。我を追い越していく、足元だけが見えた。無言にどれ程の意味があるのだろう?
長い廊下の殿の背を見送っていた。
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