君からの手紙

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

君からの手紙

 雨が降りしきる。雨の粒が傘を叩いている。僕は君の手紙を鞄に入れていたのを思い出し、この雨で濡れないか心配した。たった一通の手紙。慌てて鞄に入れたから、ビニール袋にいれるなどの水漏れ対策をしてこなかった。だけど、一刻を争う事態なのだ。焦る気持ちが僕の心をかき乱した。 「灯台から見える、日の出の太陽を撮ってきて」  手紙にはそれだけ書かれていた。  花柄があしらわれた便箋の真ん中にこの一文。  今は深夜1時をまわるところだ。なんとか終電を乗り継ぎ、灯台のあるこの街にたどり着いた。  彼女の言っていた灯台というのはここだという確信はあった。よくここの話をしていたからだ。  僕の恋人――さゆり。  さゆりは昨日会ったあと、この手紙を僕に託した。  その時の彼女はどういう表情をしていたか、僕は思い出せなかった。この手紙だって、読んだのはついさっきだ。どうして忘れていたんだろう。  駅から歩いて、森に入った。足の運びが難しくなる。枝を踏んだり、草を避けたりした。スマホのライトで前を照らす。森を抜けて遠くに灯台が見える。  こういうところというのは建物がないイメージだが、彼女が言っていたはなしを考えるとこの辺に泊まれる施設があったと思う。 「ここだ」  フォレスト・ログハウス、とカタカナで書かれた古ぼけた看板。  キイ、と音を立てドアを開けると、受付のところには人がいなかった。  すみません、と軽く言ってみるが建物の中の反応がない。あたりを探すと手元にチャイムがあった。ゆっくり押してみる。ピンポーン、と鳴った。 「はいはい」  しわがれた女性の甲高い声と、ドタドタという足音が二階から聞こえてきた。  現れた初老の女性は、僕を見るなり、目を細め 「いらっしゃい、話は聞いているわよ」  と、笑った。  二階の部屋に通されて、僕は荷物を下ろした。  宿泊客は僕以外いなかった。そりゃそうだ、こんなところに泊まる人なんてそうそういないだろうと思った。落ち着いたら、一階のロビーに来て、と女性に言われていた。僕は一階に降りていくことにした。  ロビーと言われていたが小さな部屋だった。テーブルにはクッキーと紅茶が用意されていた。女性に促され、向かいに座ると女性はしゃべりだした。 「さゆりは、私の娘です」  それから、さゆりの母親はさゆりとの今までを話してくれた。さゆりとは離婚して離れたこと。さゆりは父親に引き取られ、母親とさゆりはあまり会っていなかったこと。お互い探すのに苦労したらしい。さゆりの熱心な捜索によって、母親はやっとさゆりに再会できた。そして、お互い歩み寄れたこと。 「あの子、いい子でしょう?私の自慢の娘。これからもよろしくね」  そういった母親の笑顔は自慢げに笑うさゆりの顔にとてもよく似ていた。  そのあともたわいのない話を聞いた。気が付くともう4時を回っていた。あと30分で日の出だった。  さゆりの母親とログハウスに別れを告げ、僕は灯台に向けて足を進めた。雨はすっかりやんでいた。  あの灯台に何があるのかわからなかった。僕は鈍感らしい。自分で自覚するにも時間がかかるほどだった。話を理解するのにも時間がかかるし、何よりさゆりの意図を汲むのが遅すぎる。そのあいだ、さゆりはどういう考えを持って僕が理解するのを待ってくれていたのだろう。待っていてくれる大きな優しさに僕は救われている。そして、僕はそのさゆりの優しさに応えたい。  そんなことを考えていると、灯台の入り口まで辿り着いていた。螺旋階段を昇り、上まで昇りきる。あと1分で日の出だ。  あたりは静かだった。ゆっくりと日が昇っていくのが見えた。夕焼けにも似ているその光景だが、光の強さに今日の始まりを知る。日の出は綺麗だった。綺麗という言葉であっているのか、僕にはわからない。だけどなんだろう、これ。  雲の切れ間から光が漏れている。オレンジ色と赤と、表現できない色がそこにあった。  僕の目からは自然と涙が零れ落ちていた。  慌てて涙を拭いスマホを取り出し、太陽を構え1枚写真を撮った。  太陽の光に照らされ、明るくなった灯台にもう一通手紙が落ちていることに気が付いた。 「太一へ  ここまで来てくれてありがとう。この景色は私を何度も救ってくれました。本当は一緒に来たかったけど、まずは一人でこの景色を見て感想を教えてほしい。私が一緒だと本当の気持ちがわからなくなるでしょう?今度は一緒に来ようね。 さゆり」  そうか、この景色を見せたかったのか。ここに昇って見なければわからない。自分の目で見て、自分で感じる。聞いた話だけではなく自分で知る、実感する。それを伝えたかったのか。僕は鈍感だけど、そういうことを考えた。  彼女に会いたい、会って伝えたい、この感情を。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!