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鏡面一枚を隔て、腐乱した顔と見つめ合うばかりの、呆けた俺。
その姿見の裏側から、若い女の含み笑いが聞こえてきた。
「どう? 気に入って頂けたかしら?」
楽しさを隠そうともしない言葉と同時に、鏡の裏側から誰かが姿を現わした。
頭のてっぺんからつま先まで、黒いローブで全身をすっぽりと覆い隠した人物。
目のところに空いた横長の切れ間から、ガラス玉のような目が俺を見ている。
瞬き一つせずに。
「オ、マエ、ハ……!?」
俺は固まった肺と気管をやっとの思いで膨らませ、たった一言の問いを絞り出した。
しかしその声は、まったく色を持たない木枯らしのようだ。
哀れなその声色を、そのローブの女は高く澄んだ声で嘲笑する。
「素敵な声ね。でもそんな体でまだ声が出せるなんて、驚きだわ」
わずかな間をおいて、女が冷淡に告げる。
「まあいいわ。あなたは、これから旅に出るの。贖罪の旅に」
「ショク、ザイ……?」
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