三.戦禍の記憶

82/82
305人が本棚に入れています
本棚に追加
/500ページ
 一つは、タダイの処断を留保したことだ。  本来なら、敵方との内通者は発覚したその場で首を刎ね、見せしめに晒さねばならない。  しかしタダイは若過ぎた。  その若さと純粋な恋心に幻惑された俺が、愚かだったのだ。  もう一つ、俺がマノ大尉を説得しきれなかったことが、俺の二つ目の過ちだった。    タダイの告白を受けた俺は、事情を伏せたままタダイの身を小隊長に預け、マノ大尉を訪ねた。  やはりタダイのことは隠し、マノ大尉には、どこからかマルーグ城砦陥落計画が洩れたこと、この計画は中止すべきことだけを進言した。  だがマノ大尉の答えは否だった。  理由は、何も行動を起こさずに撤退するなど、計画参謀が許さないこと。  またマルーグ城砦に常駐する兵は三百人と、計画大隊の半分以下に過ぎず、数の上ではこちらが有利だったこと。  さらには豪商マイリンク商会とのつながりができていて、兵站の心配をせずに攻城戦に持ち込むこともできること、だった。  しかしマノ大尉にとって、一番大きな理由は作戦参謀の存在だったのだろう。  何しろ、このマルーグ城砦陥落計画を立案した参謀、ベロッソ=ルッカヌス=マノは、彼の父親だったのだから。    父親が自分のために立てた計画だ。  すでに準備も整ってしまっている今、何もしないままおめおめとミロに帰ることは、自分のみならず、父である参謀の立場も危うくすることになる。  ……結局、俺はマノ大尉を引き留めることができないまま、計画は決行されたのだ。  幾つもの失敗の種を抱え込んだままに。  
/500ページ

最初のコメントを投稿しよう!