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二.花街の少女
一
俺は大慌てで、無様に腐乱し緩みきった体をねじ込んだ。
森の小道の脇に鎮座する、大岩と大岩の間の隙間だ。
意志どおりに動かない両腕と両足を無理やりに折り畳み、体を暗く狭苦しい間隙の奥へと這いずらせる。
固まった全ての関節が、小枝を折るようにぱきぱきと鳴った。
だが、痛みは感じない。
緑色の皮膚をおろし金のように削る、岩肌の感触さえも。
俺が隙間の奥深くに身を潜めたのと同時に、この大岩の周りは幾つもの苛立たしげな足音と、殺気を孕んだ息遣いに取り囲まれた。
……しつこく俺を追ってきた、”冒険者”どもだ。
「確かにこっちに逃げてきてるはずなんだがな……」
冒険者どもの訝しげな声が聞こえる。
俺は岩の隙間にべたつく体を張り付けて、時が過ぎるのを待つ。
身じろぎ一つせずに。
もう鼓動も呼吸もなくなった死体の俺だ。
じっとしてしまえば、一切の気配は消え失せてしまう。
「あいつは“屍器(コルプス)”だろ? 動いてる腐った死体。あんなバケモノ、とっとと潰しちまおうぜ。汚いし、ほっといたら危ない」
「屍器にしちゃあ、妙だったぞ。普通の屍器は逃げたりしないからな。知能ゼロだから」
「じゃあ、さっきのあれって、まだ知能が残ってる、ってこと? やだ、気色悪い」
「厄介だな。知能を残した不死者(アンデッド)なら、”屍者(エシッタ)”か”屍師(ヴェネフィクス・モルテ)”のどっちかだ。どっちも危険な魔物だから、放っとくのは……」
「でも屍師はこんなところにいないし、逃げたりしないでしょ? 下手したら、こっちが先に殺されてる……」
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