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水没
一年前のこと、久米井ワークスという小さなゲーム制作会社が発売した商品が、ヒットを飛ばした。
それは電子ゴーグルを装着することにより、街の中にモンスターや宝箱の映像が出現。RPG感覚で街の中を冒険したり戦闘を楽しんだりすることができる、というゲームだった。
その目新しさに、ゲーマーたちは飛び付いた。しかし発売からわずか一ヵ月後のこと、プレーヤーがゲームに夢中になるあまり、街の通行人と衝突といった事故が多発し、社会問題、賠償問題となり、商品は発売停止、自主回収へと追い込まれた……。
「一度は爆発的に売れた商品なわけだし、このまま静かにお蔵入りさせるのはあまりにも惜しいわ。私達であのゲームの問題点を改めて検証して総括をお父さんに報告し、今後のゲーム作りに活かしてもらうわよ!」
それを受け、突然俺の部屋に推し掛けてきてそう気勢を上げたのは、件のゲームを制作した会社、久米井ワークスの社長の娘、久米井憂亜。高校二年生。表情豊かな元気娘。
そして、一も二もなく部屋から引っ張り出されて連れて行かれたのが俺、真中英児。高二。憂亜とは家が近所の幼馴染の関係。
憂亜の父親が作ったそのゲームの名は、ARRPG『YOUR』。ARとは拡張現実のことで、このゲームにおいては、街の中にリアルなモンスターや宝箱の映像が出現したりするシステムのことを指している。
タイトルの『YOUR』とは、アバターの必要ない、あなたがあなたの街で勇者の役割を演じるあなたのRPGということを意味しており、また、それを娘の名前と掛けたのかもしれない。
そんな憂亜の親バカ親父さんの力作を検証プレイしてみるべく、今日俺たちは『YOUR』の在庫を手に、街に出てきていた。
「俺、実はコレをプレイするの初めてなんだよな。欲しかったんだけど手持ちがなくてさ」
「あんた、お小遣い貰ったそばから遣い込んじゃうタチなんとかしなさいよ。このゲーム、『あなたの街で』を謳うだけあって、どこでゲームを始めてもいいのよ。重要イベントは各都市別で特定の場所に行ってもらうことになるけど」
「なるほどね」
検証はプレイ知識がある憂亜頼みだった。彼女に小馬鹿にされながら、俺達はプレイデバイスであるヘッドマウントディスプレイ、まあ電子ゴーグルのようなものだが、それを起動し、装着する。
と、ゴーグル越しの眼前にスクリーンのようなものが表示され、十分間に渡るオープニングと簡単なチュートリアルのムービーが流された。それが終わると、『NEW GAMEを開始します』という文字が表示され、次の瞬間、ぱっと辺りの視界が開けた。
俺たちは今、通行人との衝突という最大の禁忌を忌避して人気のない川岸の草っ原にいるのだが、さすが最新の透過型ディスプレイ。ゴーグル越しに見る辺りの景色は、川の濃紺も草の緑も空の青も、肉眼で見るそれと変わらない。
しかしその一拍後、『フィールドにモンスター等の配置を始めます』という文字が視界に表示されると、その次の瞬間、想定外の事態が俺たちを襲った。
「キャアアアアアア―――!」
文字の表示が消えるや、不意に俺たちの眼前に巨大なドラゴンがぱっと姿を現したのだ。
ドラゴン、それも本物の恐竜を思わせるいかつい体躯と顔付きをしたドラゴンの姿を唐突に目にするや、憂亜は思わず悲鳴を上げて逃げ出した。おい経験者。
「すげー! ドラゴンだー! うおおドラゴンがこの川っぺりにいるー! でけぇーなんという迫力!臨場感! この感覚はARでしか、この『YOUR』でしか味わえないぜぇ――!」
一方俺は、間近で見るリアルなドラゴンの姿に男子らしい感動、興奮を覚えていたのだが、ゴーグルの奥で目を輝かせていた俺のことを、ドラゴンは足を振り上げタバコの火でも消すかのごとく無造作に踏み潰す。
と、視界の左上隅に表示されていた俺のHPバーはたちまち空になり、視界の中央に大きく『YOU ARE DEAD』の文字が表示された。こうなると、仲間になんらかの手段で蘇生してもらうまで、ゲームに関与できないらしい。
見惚れている間に瞬殺されてしまいやることがなくなった俺は、振り返り逃げていった仲間の様子を伺う。と、バタバタと逃げていく憂亜にむかって、ドラゴンが炎のブレスを吐いた。
「きゃああああ―――!」
迫る猛火を目にし、その迫力におののき、また悲鳴を上げながらも憂亜は必死に横に飛んでなんとか炎をかわした。のだが、しかし飛んだ先は土手。
彼女は断末魔と共に土手の傾斜を転がり落ち、川へとダイブしていった。
これはおそらく、精神的なHPはもう0だろう。
開始十秒でのパーティー全滅。ゲームオーバーとなった。
憂亜は全身びしょ濡れの泥まみれとなり川から上がってきた。それに俺が思わず噴き出してしまうと、憂亜は涙目で俺を睨み付け、YOUR付属品のプラスチック製の剣でポカポカと俺の体を叩いてきた。痛い痛い!
この剣型デバイスでモンスターと戦うわけなのだが、通行人に誤爆することがよくあり、痛んだ通行人から苦情が殺到していたらしい。その気持ちがよくわかった。痛いもん。柄だけにして剣身はゴーグル越しのみに表示されるとかにすべきだったな……。そして、問題点はもう一つ。
「おい憂亜、どこでゲームを始めてもいいっていう話はどうなっちまったんだ」
「この川原は強いモンスターが出る場所なんだった。忘れてたわ」
「おい、じゃあ始める場所選ばなきゃすぐ死ぬじゃねえかよ! 話が違え!」
そして、まだセーブしていないのでゲームは始めから。そうなると、また十分間の既視感あるOPムービー。
「おい憂亜、このムービースキップできないのか」
「できないわ」
「めんどくせえ! 全然どこで始めたって大丈夫じゃねーじゃねえか!」
出だしからいきなりクソ仕様に直面している気がする。初見に優しくなさすぎる。初見キラー。
先行きが思いやられる。これひょっとして問題点だらけだぞこのゲーム。
「さて、とりあえずここじゃなく別の場所でリスタートといこうか」
「ええ。そうだ、この辺りにはイベントポイントがあったはずよ。たしか、どこかの公園に。まずそれを見に行きましょう」
憂亜が着替えて戻ってきた後、ゴーグルをかぶりゲームを再開すると、俺たちは憂亜の勧め通り、イベントをチェックするため近くの公園を巡りイベントポイントを探した。と、近くの自然公園にて、俺たちはそれをふいに見付けた。
公園内の池の中に、お姫様が沈んでいたのだ。
なぜか無表情で、そして不自然に直立不動で、沈んでいたのだ。
その見るからにお姫様といった容姿、身なりをした少女の元に俺たちが近付くと、次の瞬間、突然眼前に――
『物語上の重要人物であるサラ姫が死亡してしまいました。ゲームオーバーです』
という文字が表示され、驚いている内に一も二もなくタイトル画面に戻されてしまった。
唖然としながらどういうことだと憂亜を見ると、彼女はやれやれと肩をすくめた。
「制作段階では想定してなかった事態が起きたの。いつの間にかこの公園リニューアルされてたのよ。発売後にそれに気付いたの。その結果、姫の初期配置位置が池になってしまい、初期位置に固定の設定になっている姫は、ゲーム開始後すぐに水没ダメージで時限溺死してしまうキャラクターとなってしまったのよ」
「そんな個性付けはありえません。発売前にイベント場所をちゃんとチェックしろよ! それと、この状況考えると、ゲームスタート自体この場所で始めないと詰む仕組みになっちまってんじゃねーかこのゲーム!?」
「そうだった。まず姫を池から出さないと。うっかりしていたわ」
「どこがどこで始めても自由なんだよ!」
さらりと肯定する憂亜に、俺は思わずため息と共に肩を落とす。
「本当は通行人との衝突とかより、もっと別の問題でダメになったんじゃないだろうな? このゲーム」
「いや、そうじゃない。けど、ある程度進めた後に姫の溺死で詰んだユーザーからの苦情の質量たるやもう……」
「そりゃあそうだろう! そうなるわそら!」
軽い悪夢だわそんなもん。
「修整パッチはどうした修整パッチは」
「ウチの会社の技術をナメてはいけないわ。修整パッチを当てるとかえってバグるのよ」
「どうなってんだよ!」
……あれ? 思ってたよりもずっと問題点だらけかもしてないぞこのゲーム。
もはや先行きに不安しかない。
「それと、池になったのとは逆のパターンもあったのよね」
「逆のパターン?」
加えて、憂亜がふと思い出したように憂い顔で語り出した。
「うん。期間限定でとある大きな池を舞台にした水棲系モンスター絡みのイベント仕込んでたんだけど、テレビの企画でその池の水を全部抜かれて全滅しちゃったことがあったのよ」
「そいつはまた……災難だったな」
運にまで見放されるとか……いったいどうなっちまってるんだよ、このゲーム。
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