落下

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落下

 その後、気を取り直して再開し、開始後すぐに水没姫と接触。と、姫は滑稽にも水没したまま喋り始めた。 「はじめまして。私は異世界のとある王国の王女で、サラといいます。我々の世界の魔物たちがこの世界へ至る次元の門を開き、侵攻してきてしまったことはご存知かと思いますが、私たちはこの世界のみなさんを危険に晒してはならないと、魔物たちを討伐しに来ました。  そして魔王の側近、レオニールと交戦したのですが、騎士団は全滅。私の弟も命を……。私一人だけが、どうにかここまで逃れてきました」 「おい、全然ご存知じゃないぞ。異世界の魔物が侵攻してきてるってシナリオだったのかこれ」 「バカ。二十分も見たオープニングで説明してたでしょ。聞いてなさいよ。魔王はこの世界の支配を目論んでるのよ」 「会ったばかりで不躾なのですが、私は弟たちの仇を討たなければなりません。どうかみなさん、私に力を貸してください」  必死の頼みを了承すると彼女は同行者となり、池から連れ出し溺死詰みを回避することができた。  そうしてやり直しの末、水没姫を連れて移動していた俺たちだったが、その途上、今度は町中の駐車場で、まるでバックドロップを食らった直後のようにエビ反りになった状態で血まみれで倒れている女性キャラに出くわした。険しい表情をしたおっさんみたいな死相をして死んでいた。 「おい憂亜、この娘は一体なんなんだ?」 「この娘はこの水没姫のお姉さん、シーラ姫ね」 「その姫さんがなんでこんなところで、こんな格好で死んでんだ?」 「制作段階ではこの場所にはビルが建っていてね、この姫はその屋上に配置されたイベントキャラだったんだけど、発売時にはそのビルが駐車場に変わってたのよ。だからこの姫が空中に初期配置されることになってしまい、ゲーム開始と同時に落下。そのダメージで死ぬキャラとなってしまったのよ」 「だから街の移ろいをしっかり計算に入れて作れよ!」  今度は落下姫、そしてさらりととんでもないバグを説明する憂亜。驚くことばかりである。落下の凄まじい衝撃でこんな険しい顔をして死んどるんかい。ムダなリアル仕様いらないよ。  そして、そんな落下姫に近付くと、やはり眼前に『物語上の重要人物であるシーラ姫が死亡してしまいました。ゲームオーバーです』というメッセージが表示されてタイトル画面へ。 「だから、まずここでゲームを始めて、落下してくる姫を受け止めて助けないとゲームが進められないのよ。うっかり忘れてたわ。その後、すぐに水没姫の順ね」  初見殺しここに極まれりである。しれっと悪びれず釈明する憂亜。ここまで来ると、いよいよネタゲーとしても極まってきた気がする。  そしてゲームを再開し、落下してくる姫を受け止めると、仕様だろうが姫は何事もなかったかのようにサラ姫の居場所を話し、彼女を頼むと言ってステータスアップのアイテムを俺に渡すと、仲間と合流して転戦すると言って去っていった。  それから、窒息死する前に素早く池に行き、サラ姫を連れ出すと、姫に教えてもらったレオニールのいる場所へと向かった。 「ここよ」  そして、憂亜に案内してもらいレオニールがいるという場所へと行くと、そこには人ん家が建っていた。 「人ん家じゃねーか!」 「製作段階では空き地だったのよ」 「空き地にはいずれ建物が建つっつーの!」  イベント目的地が人の家の中で、いったいどうしろというのだろうか。 「でも当時のプレイヤーたちの中には、レオニールとのバトルを経験してる者が何人もいたのよね。家主さんは許可を出した覚えはないと声明を出しているのに、いったいどうやっていたのかしらね」 「犯罪の臭いがすんじゃねえか!」 「まあ今回は特別に許可をもらってるんだけど」 「なんだ、よかった」  衝撃情報ばかりな上、もう慣れたという様で解説する憂亜にも驚くが、ともかく今回のプレイには問題なさそうなので、ひとまず置いておこう。  そうして、俺たちはボス戦を行うには少々狭めな中流家庭のリビングをお借りして、レオニールと対峙することとなった。  レオニールは人様のリビングで仁王立ちしていた。なんかシュールだった。  人間のように二本の脚で立ち、人間のような体型をした虎、巨大なワータイガーという表現がぴったりなモンスターだった。 「行きましょうサラ姫様、弟さんの仇で――」  俺は宿敵を前にしたサラ姫に一言かけようと振り向いた。と、しかし当のサラは、なにやら弁当を手にそそくさとパーティーから離脱し始めていた。 「ちょ、な、なにやってんだよサラ!? 今からレオニールとの戦いを――」 「トドメは私に任せてください」  その様子に瞠目しながら問いただすと、姫はそう答えて、弁当を携えてトイレに入っていってしまった。疑問の目を憂亜に向けると、 「レオニールとの戦いの間、姫は下がって待機してるのよ。でも、その設定上の待機位置が、偶然この家のトイレになっちゃって……で、姫は特製弁当っていう手作りお弁当のHP回復アイテム持ってて可愛いって評判だったんだけど、この待機中にHPを回復しておく傾向にあって、で、その、偶然が重なって――」 「便所飯をかます羽目になったってわけか。姫様なのに」 「祭りよ」  遠い目をして語る憂亜氏。便所飯姫か……。そらネットは祭り状態だっただろうな。  それに、よく考えると「トドメは任せてください」ってセリフも、一見勇ましいようで実はクズいような……。俺たちが相手を追い詰めるところまでは戦いに参加しないって意味じゃ……。まあ、NPCがいるとボス戦が楽しめないからと考えておくか。  そう考えることとして、俺たちは気を取り直してレオニールに挑んだ。  さすがにレオニールは手強く、俺たちはHPを半分にまで減らされたが、しかしレオニールのHPもまた半分にまで減らすことに成功し、戦いは一進一退の様相を呈していた。 「うおおおおお! 弟の仇レオニールかくごぉぉぉぉおおお――!」  しかしその時、ふいに姫様がそう叫びを上げながらトイレから飛び出してきて、剣を構えてレオニールに突進していった。 「あ、やばっ」  そこで憂亜がなにやら不吉な言葉を呟くのが耳に入ってきて、俺はものすごく嫌な予感を覚えた。  と、その次の瞬間、その突撃を迎え撃ったレオニールに返り討ちに遭い、左右の爪による攻撃を食らいHPが0になり倒れる姫の姿が俺の目に飛び込んできた。  その一拍後、大きなGAME OVERの文字が俺の視界を覆った。 「姫様よわっ! そして今ので俺たちがゲームオーバー!?」  衝撃の光景を前に事態を飲み込めずにいる俺に、憂亜が淡々と状況を説明する。 「姫はレオニールのHPが半分になると、勝てると踏んでおいしいところを取ろうと調子よく出てくるわ。けどそうするとレオニールは姫を狙い始めて、そして重要人物たる姫が死ぬとその時点でゲームオーバーという仕様になってるわ。  おまけに姫は呆れるほど弱いから、必死に守ってあげながら戦わなくちゃならないの。そのことを忘れてたわ。またうっかりね」 「もうお前はずっと便所メシしといてくれ姫様!」  クソ理不尽なクソ仕様。これぞこのゲームの真骨頂だぜ! ともう呆れ果ててテンションが壊れてきた自分がいる。
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