知らない顔

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子供の頃、女の子ならキャンディみたいな甘い恋を夢に見る。 愛子も同じで、初恋はレモンの味。 キャンディみたいな甘い恋。 一流企業は一流の女子が一流の旦那さまを見つける場所で、一般事務ともなれば当然そうみたいに思われがちだけど、愛子は違った。 腰掛けのつもりでもなく、どこまで一人で頑張れるか、認められるか自分を試してみたかった。 だから内定をもらい信じられない気持ちでいっぱいだった。 どんな仕事でも与えられた事を必死に頑張るつもりでいたのだ。 「愛子?今日は遅くなるから…。」 愛子の顔も見ずに今日の予定を夫は話す。 「分かりました。夕ご飯は要らないのね?」 「…ああ。」 (またか…。) と、愛子は思うがその顔さえも夫は見ていないから、怒っている表情だろうが哀しい表情だろうが、夫には興味もない。 まぁ、見たところで興味はないのだろうと思う。 やっと愛子の顔を見るのは新聞を読み終えて、食事を終える寸前になる。 「ご馳走さま。美味しかったよ。」 「そう?お弁当、ここに置いてあるから。」 「ああ、分かった。」 お弁当をチラ見して着替えに部屋に戻る。 愛子はため息を吐きながら片付けを始める。 お弁当など、夫にはあってもなくてもどっちでもいいのだ。 部下や若い会社の女性にランチに誘われれば、夫は喜んでお誘いに乗る。 お弁当は会社のゴミ箱に中身を捨てる。 夫にとってそれは妻を気遣う優しい心遣いで、帰宅してお弁当箱を出し、 「今日も美味かったよ。ありがとう。」 という言葉を忘れない。 でも、愛子の顔は見ていない。 愛子がそれに気付いてないと確信しているのだ。 夫の中では、大人しく慎ましい、倹約家の物静かな…何の取り柄もない女。 それが夫…笹嶋(ささじま)誠一(せいいち)32歳の妻、愛子への評価だ。 それに愛子が気が付いたのは、結婚して1年経った頃だった。
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