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手紙
この手紙を読むころ、わたしはもう現世にはいないことでしょう。
しかし、不満など何一つありません。むしろ幸福です。そのことだけを伝えたかった。
死刑執行人として四十二年間勤め、所長まで上り詰めたわたしですが、唯一心残りだったのはお前への幸福とあの青年のことでした。
お前がまた赤子だった頃、わたしの妻は死刑法に反対する人間によって殺された。このことを告げたのはお前が進路に悩んでいた高校三年生の秋の頃だった。お前は地頭が良かったから大学に行き、死刑局に配属され、数多くの人間を丁重に見送りにいった。
だが、お前は変わった。仕事に実直すぎるあまり、お前は大事なものを見落とし、家庭を顧みることなく妻と子供を置き去りにしたのだ。昔のお前はよく笑い、よく泣く子供だった。だが、お前が大学に行く頃、お前は無愛想になり、仕事に精を出すだけの人間になってしまった。もっとお前を幸せにしてあげたかった。どうか、長年会っていない奥さんとわたしの大切な孫、お前の子供に会って来い。これは遺言のようなものだ。それだけ言っておく。
そして、あの青年のことも悔やまれる。
人は死ぬとき、天国や地獄に行くというが、死刑執行された人間はどちらにも行かないと思っている。現世に残り、六文銭も渡されることのないまま永遠の時を迎えるのだろう。
だけど、青年は現世で絵を満足に描いているに違いないだろう。現世で縛られた肉体から解放され、自由に旅を楽しみ、そこで存在もしないイーゼルとカンバス、油絵具を持って描きあげている頃だろう。
あの時、せめて青年の死刑執行に異議を申し立てていれば、少しは彼の人生も変わったことだろう。それがわたしには許せなかった。悔いても悔やみきれないことだ。
あのイチイの木は、せめてもの青年への贖罪だ。だから、お前が死刑執行人をやる以上、あのイチイの木を心のどこかにとどめておいてほしい。そして、青年の絵を見て、お前が定年を迎えるころ、何かに行き当たることを祈っているよ。
わたしは幸せではなかった。どうかお前だけは幸せでいろ。父さんとの約束だ。
わたしは青年の元に一足行って謝りに行ってくるよ。
また会おう。
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