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一
蘭珠は憤っていた。
人より小さい体から人より大きい激情を放ちながら、官府の舎内をのし歩く。歴とした成人男性でありながら何処か女性的な美を併せ持つその男の、しかしながら激しい怒りで歪んだ貌を見、すれ違う人々は悉く道を開けた。触らぬ神に祟りなし、とどの貌にも書いてある。遠巻きにしながらもびくびくと様子を窺っている下級役人たちを一瞥し、蘭珠はふんっと鼻を鳴らした。
(気に入らぬ。何もかもが気に入らぬ。)
官府の中でも上級役人らが詰める執務室の、乱れひとつない己の席へどかりと腰かける。哀れにも事情を知らぬ下級官吏が書類を携えて近寄ってくる。
「蘭三位。こちらの書類に捺印を……」
「後にしてくれ」
その声の冷ややかさに、周囲にいた者たちが体を強張らせる。
「いえ、しかし……」
「後にしろと言っている。同じことを二度言わせるでない、愚鈍な奴め!」
「しっ、失礼しました!」
泣き出しそうな顔で下がっていく部下が目障りで仕方がない。チィッと舌を鳴らせば、斜向かいの卓で何やら二つの書類を見比べていた狷有が苦笑いを寄越した。小柄で女性的な蘭珠とは異なり、体格の良い偉丈夫である。
「おお、おお、可哀相に。真っ蒼な貌をしていたよ」
蘭珠はその気の強さを体現した、強く鋭い琥珀色の瞳で彼を睨みつける。視線で人が殺せるならば即死であるくらいの強い眼差しだったが、同輩の友は全く動じない。どころか、苦笑を冷笑に変えさえする。
「そんな風に当たり散らしてばかりじゃあ上に嫌われるぜ」
蘭珠はあと一歩のところでその同輩に殴りかかるところだった。誰のせいだと思っているのか、と。
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