2 自転車乗り紙飛行機リップキャッチ

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2 自転車乗り紙飛行機リップキャッチ

 台須は湿った紙フキンで指先を拭き、ティーカップを持った。紅茶の匂いを嗅いでから、一口含んで喉を潤す。次いでチョコレートを摘み、口に入れる。口内で蕩けさすのに矢鱈と時間をかけている。おもむろに紅茶で流しこみ、満足気な吐息をした。 「なんもかっこよくねえ。おめえが宣伝、意識してんじゃねえよ」  俺が悪態をついても、会場の拍手が正直な評価になっていた。台須は美しさも売りになっている。イベントクリアなので五得点獲得だ。奴の舌は甘く、俺のは苦々しい。  紙フキンを捨てたりと雑用をこなした照ファが、マスを「うんしょ」と降り、フィールド脇に控えた。  俺は一瞬、彼女と目が合った。人間の条件反射でそういうことはよくある。照ファは黒のアイシャドウに彩られた大きな瞳を背けた。俺の目玉は発射され、彼女に張りついていた。  選手がメイドに手を出すのは、規定上は問題なくても、世間的なイメージはとても悪い。御法度の風潮だが、プロ双六は華々しく見えても狭い世界であり、少ない出会いの中でけっこう破られてきた。  この外石襄は雄の本能丸出しで、照ファにぞっこんだ! 可愛いものは可愛い。照ファグッズをもれなく集め、ファンクラブには偽名で登録している。  照ファのことを考えなかった日は一日たりともない!  御法度を破っても世間が納得する慣例がある。お互い一位同士であるならば、文句言えないね、となるのだ。  俺はサイコロ王こそ目指すが、王は全てを手にしていいはず。  勝って照ファに交際を申しこむ。  今日、全てを獲得する男に、俺はなる!    2 自転車乗り紙飛行機リップキャッチ 「襄君。余所見は大概にしてください。あなたの番ですよ」  背もたれに体を預けっぱなしの台須が、距離があるぶん手振り大きく窘めてきた。  もしや台須も照ファを狙っている? だったらとっくに手を出しているだろう。照ファは俺のために…… 「早くしてください」 「おおさ」  不純を払え。今は試合に集中だ。  俺の傍らで、サイコロボーイが平たい容器を掲げて待っていた。  少年たちは一試合に何度も同じ動作を繰り返すので、腱鞘炎が稀ではない。サイコロボーイあるあるだ。なるべく負担を軽減して上げるのも、不文の紳士条項にある。  俺は顔の表情を変えず心で「すまねえ」と謝り、素早く通常サイコロをとった。 「あなたもルービックを使ったらどうですか?」 「中盤以降に使うもんをよう、かっこつけやがって。客の沸かせ方がわかってねえんじゃねえのか」 「言いますねえ。あなたは自信がないだけでは?」  台須が本物である以上、言葉で対抗しても虚しさしかない。  六の目が出れば奴に追いつき、〈紅茶とチョコレート〉で照ファに持て成してもらえる。いいこと尽くしだ。 「行くぞう」  俺は六と五の目を縦に並ばせた。意識を静かに鎮める。興奮を抑え、腰骨の高さからサイコロを放った。  六回転したのを感覚で把握した。面と辺では、床に当たったときの音が異なる。辺が当たれば転がる回数が増える。俺は爪先を少し引いた。  ——五の目が出ました。外石選手、〈自転車乗り紙飛行機リップキャッチ〉のマスだ!
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