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「どんと来い」
俺は奥歯を嚙みつつ頷く。
「ほとんど追いついてんぞ」
憩いイベントと挑戦イベントは隣り合っている場合が多い。
無地マスもあるがポイントは貯まらないので、選手は失敗のない憩いマスを多くこなす闘い方が有利になる。しかし観客からすると挑戦イベントを観るほうが楽しい。
プロ双六では、前者を冷たいプロ、後者を熱いプロという。人気選手になりやすいのは後者だが、敗北も多くなり、挫折する者が多い。
俺の今までの闘い方は語るまでもない。
「声援、大したもんだろ。客を呼べんのはおめえだけじゃねえ!」
マスの縁に土踏まずをかけ、俺は大股で派手に跳躍した。硬いコンクリートに降り、用意されている自転車に颯爽と跨る。
隣にある装置のボタンを押すと、上部の小さなカタパルトから、紙飛行機が外側へ向かって射出された。
俺は中腰でペダルをゆっくり踏みだし、前傾姿勢をとる。勢い削いで地味だが、これでいい。
この自転車はチェーンカバーがなく、チェーンも少し弛めで外れやすくしてある。新人なら焦って力を入れすぎ、チェーンが外れて転倒する下手を打つ。
俺は脇を締め、重心を上下させず、太ももの力を使ってギアの回転速度を上げていく。
スタジアムはドームではない。
「風が微妙に右向きだな」
紙飛行機の速度は落ちたが、軌道が変化する。描く弧は弓ほどじゃないので、俺は敢えて直進で加速した。
宙を舞う折り紙が、揚力を使い切り、不時着を目指して低空になった。
俺は儚い紙飛行機を追い越したところで、自転車をかぎりなく右に寝かせた。右手だけでハンドルの左側を握り、右足でサドルを踏んで自転車をサーフボードにする。急旋回で右に弧を描かせた。
腰を落とし、唇を舐めて湿らせる。
紙飛行機は翼を傾かせ、地面に擦れる寸前だ。
——外石選手、間に合うか!
「不時着直前で浮くだろうが!」
俺は左足を右膝裏に差しこんで体を倒し、亀並みに首を伸ばす。最後の命を燃やして浮上した紙飛行機の片翼を、唇で挟んだ!
審判員の上げた白旗を確認するまでもないが、終わりじゃない。
クリア後の転倒はペナルティーにならなくたって、スゴロッカーの意地が終わらせないのだ。
俺は全体重を左にふりつつ、右腕でハンドルを引き上げ、自転車を立たせた。引いた反動で体を戻し、サドルに尻を乗せ、ブレーキをかけた。
ハンドルの支点に肘をついて頬杖をし、紙飛行機を吐き捨てる。
「所詮、序盤の難易度だ」
観客の拍手に交じり、台須も涼しい笑みで拍手していた。
「すんな。歯で噛みつきてえ」
俺はペダルを漕ぎ、双六フィールドに帰還した。
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