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台須はまたもルービックキューブ・サイコロをとった。
「僕は闇雲に体力を使いません。休ませてもらいますよ」
八秒以内に得意のスリーセブンを完成させ、四の目を出した。奴は無地のマスへ向かう。年間チャンピオンを決める最終トーナメントの決勝戦なのに、ブーイングが起こらない。
絶対王者であるがゆえ、静かな立ち上がりが許されている。
「倒し甲斐があるぜ、転坊。俺は俺の道を行くぞ」
通常サイコロを鷲掴みにし、無造作に高々と放った。
——出た! 外石選手の山賊投げ!
緻密な計算と繊細な技術を放棄した、プロにはあるまじき投げ方だ。
俺はどんな出目でも鼻で笑う豪放さを、全身の毛穴から発する。
サイコロが自分の立つマスを飛びだすとペナルティーになるが、そんなミスは犯さない。
上を向いたのは三の目だ。
進んだ先は〈縄跳び、三重跳び五セット〉だった。
会場がかなり冷めた。
台須もにやついてやがる。
「序盤には楽なイベントが混じっています。山賊投げのあとでは格好悪いですね」
「うるせい。ケチつけんな」
山賊投げは息抜きの効果があるのだ。スーパーエリートの奴にはわからないだろう。
俺は難なく三重跳び五セットを攻略した。
台須は立て続けに四の目を出し、〈床屋のホットタオル〉のマスに移動する。
「お待たせしました、御主人様」
照ファの登場だ。甲高く、何度聞いても素敵な声だ。なぜ俺じゃない。
小憎い奴が床屋の椅子に客的にふんぞり返ると、照ファが背もたれを倒した。
「失礼いたします、御主人様」
照ファが熱々のタオルを、台須の顔に被せた。
会場中がほんのりほっこりとした溜め息に包まれる。
「御気分はいかがでございましょうか? 御主人様」
表情の隠れた台須が右手を掲げ、親指を立てた。オーロラヴィジョンに、その親指がでかでかと映しだされる。呼応し、観客席から恒例の「GOOD!」が合唱された。因みに指紋は悪用防止のため、薄らモザイク処理されている。
台須の王道的な闘い方だ。中盤以降に備え、序盤は冷たいプロに徹する。サイコロの目を的確に出すため、神経を消耗するが、狙うのは憩いイベントなので癒される。
それが盤石な戦術だとわかっていても、誰もが実行できるわけではない。
「五年連続獲って化け物ぶりに磨きがかかってんな」
俺は後退りせず、鼻息を荒くする。
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