刺青師

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電気が付いていない部家の中は、外にいるよりも薄暗かった。 僅かに入る月の明かりに照らされて、辛うじてそこに人がいることが分かる。 威勢よく扉を開けた割に、緊張して声が出ない。 タバコを咥えたまま、無理やり唾を飲み込んだ。 「…何の用だ」 そいつが口を開いた。 声を聞けば、ただの人と同じだ。 恐れることなんて何もない。 嘗められるぞ、威勢を張れ。 「あんたの客だ…背中に刺青を彫ってほしい。金ならある。」 濃い煙を口から吐いた。 腕を組み、暗がりにいる男を睨みつける。 「…客、ね…」 そいつは気だるげに立ち上がると、こちらへ近づく。 …なんだ。 想像していたよりずっと若い。腕のいい刺青師だと聞いていたから、年のいった爺だと思っていた。 俺より下なんじゃないか? 下手したら十代に見える。 小柄な身体にゆるく大きめの半そでを着て、だるだるのスエットを履いたそいつは黒の前髪を掻き上げた。 目の下にクマがある。 決して健康的ではない。 「…お前、ほんとにここの刺青師か?それとも、そいつのガキとかか?」 「…なにそれ、どういう意味」 そいつは少し離れたところから、じっと俺の姿を見つめた。 丁度暗がりで、こちらからはよく見えない。 こんなひ弱そうなやつに気を張っていたのかと思うと、自分が情けなくなる。 組んでいた手を解き、ため息交じりに煙を吐いた。 「…済まないんだけど。やる気ないから、帰ってくれる」 「あぁ?…てめぇ、今なんつった…」 ギロッと睨みつけたが、いつの間にかすぐ側まで来ていたそいつの手が俺のタバコを引っ掴んだ。 「なッ!おい、返せ…」 ドアから入る月の明かりに照らされた姿に、思わず目を見張る。 デカいシャツの隙間から見えたのは、その肩を抱く二匹の美しい龍だった。 光って見える眼力が、鋭く睨みをきかせる。 そいつは奪ったタバコを少し口に咥えると、眉間にしわを作ってすぐに離した。 「不味いもん吸ってんな、見栄え用か?だったらすぐ止めた方がいいぜ」 「っうるせぇ。ガキのくせに…マセた真似してんじゃねぇよ」 奪い返そうと手を伸ばすと、顔に向かってフッと煙を吐かれた。 直接煙が目に入り、その痛さに両手で目をふさぐ。 「ッッ──!ガキッ、ぶっ殺すぞ!」 「その程度で泣くんじゃ、お前には無理だよ」 「ッだと!大体、ほんとにてめぇが彫るのかよ!」 「お前には刺してやんないけどね。ガキにくれてやる色はねぇよ」
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