第4話

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第4話

「ああ、弱ったね。どうだい。大丈夫そうかい?」 「どうですかねぇ。息もしてるし脈はありますけど。ていうか始めから前の時となんか音違いましたよ」 「やれやれ、私も思ったんだが気のせいだろうとそのまま使ったんだけどね。こんなことになっちまうとは」 「このままだとどうなるんですか?」 「さぁ、私も初めてだから知らないね。ずっと寝てんじゃないかい?」 「へぇえ。それは可哀想に」  何か会話が聞こえた。俺はまた意識が吹っ飛ばされたらしい。頭が重い。しかし、ゆっくりと覚醒していった。今度ははっきり何が起きたのか覚えている。俺はブレインチャージャーとやらで訳の分からん拷問を受けたのだ。  俺はゆっくりと体を動かした。 「あ、差知子さん。動きましたよ。起きたみたいです」 「なんだ。大丈夫だったのかい。そりゃ何よりだよ」  差知子がカチリとタバコに火を点けるのが聞こえた。俺はもぞもぞと体を動かしとにかく機械を外してもらいたいと思った。 「おい、終わったんだろう。外してくれ」 「はいはい。分かってるよ」  そう言って差知子は俺の頭をすっぽり被っている機器を外した。視界が開け目の前が明るくなった。なんだかひどく疲れていた。頭どころか体も重い。 「なんか、体が重い。妙なことになったんじゃないのか」 「なんにもなってませんよ。ノープロブレムです」 「ああ、機械はなんの問題もなく作動した。正しくあんたの頭には知識が入ったはずだよ」  二人は優しい笑顔を浮かべていた。 「いや、堂々と嘘つくんじゃねぇよ。全部聞こえてたんだぞ」  そうだった。この二人は明らかにさきほどこのブレインチャージャーになんらかの不具合が発生し、俺にもなんらかの不具合が発生しているらしき会話をしていた。おぼろげな意識でもばっちり聞こえていた。それを二人は気色の悪い笑顔でごまかそうとしていやがるのだ。 「なんの話ですか」 「なんの話だろうね」  瞳花は首をかしげ、差知子はプカリと紫煙を吐き出す。 「いや、音がどうとか。俺の意識がどうとか、全部聞こえてたんだからな。そんな白を切ろうたってそうは行かないんだからな。おい、俺は大丈夫なんだろうな」  時計を見る。この店に来たのは午後8時前だった。しかし、見れば時刻はもう午前1時を回っていた。唖然とした。俺は5時間以上意識を失っていたのか。明らかに異常じゃないか。明らかに俺の身に何か起きてるじゃないか。この二人はそれを白を切通してうやむやにしようとしたのか。とんだ悪人どもではないか。  しかし、そんな俺に対して瞳花はため息を吐き出した。 「おい、なにため息付いてんだ。被害者は俺だぞ」 「バレてたんなら仕方ないですね。はいはい。そうです。今回は間違いなくあんたが被害者です。そんで私たちが加害者ですよ」 「なに、仕様がなくみたいに言ってんだ。謝ってくれ」 「はぁあ。どうもすいませんでした」 「やれやれ。悪かったよ」  瞳花はため息をつきながら、差知子は煙を吐き出しながら謝った。ものすごく不服そうだが俺はなにも間違ってはいない。正しいのは俺だ。 「で、まぁちゃんと起きて何よりだったわけだが...」 「ちゃんとじゃないわ。5時間も意識失ってたんだろうが」 「なんとか起きて何よりだったわけだが、どうだい。もう、知識は入ってるだろう」  差知子はくいっと顎をしゃくり俺に言う。俺は自分の知識を確認した。  悲しいかな俺はこいつらの言う通りにばっちり知識が頭に入っていた。このトンデモ装置を使ってものすごい情報が頭の中にぶちこまれたのを確かに感じていた。1週間丸々を使って受けた講義がものの数秒で頭に流れ込んできたかのような体験だった。そのせいで俺の頭は重い。 「ああ、入ってるよ。この頭の中に間違いなく」 「じゃあ、もう自分がどういうことになってるかは分かってるね」 「ああ、本当に不服だけど分かってるよ」  流し込まれた知識。そして、そこから判断される俺の状況。数時間前までまったく信じる気にならなかったゾンビというものと自分の状況がもはやはっきり分かっていた。  ゾンビ、『屍人』という存在がこの世には居ること。  それらは人を襲うこと。  屍人は『屍遣い』によって産み出されること。  それを狩る『狩人』という人々が昔から居たこと。 彼らが屍人を狩り、その存在を表の世界に伝わらないように動いてきたこと。  そして、瞳花と差知子は狩人であり、この街に現れた屍遣いと戦っていること。  そして、そして、俺がその屍人になりつつあるということ。  全て実感として知識になっていた。どういう原理なのか、俺はそれらの貰い物の知識が間違いではなく真実であると認識出来ていた。様々な映像や人々の思考や、感覚が流れ込んできたからなのか。はっきりと実感していた。 「どうやら上手くいったようだね」 「ああ、味気ないけどな。本当に味気ない。こういうのは説明があって、それは嘘だとか、そうじゃない、とかのやり取りがあるもんじゃないのか。そのやり取りの中で色々な駆け引きや思いが交錯して信頼とかが出来るもんじゃないのか。重大な秘密が明らかになったり人物の悲しい過去が明らかになるんじゃないのか。全部すっ飛んだぞ」 「あいにくだが、説明が面倒でね。それにそんな血の通ったやりとりみたいなのは正直うんざりなんだ。絆だの仲間だの馬鹿馬鹿しくて吐き気がするよ」 「なんてひねくれたばあさんなんだ...」  差知子は不機嫌そうにタバコをふかしていた。 「私も前向きだの希望だの言ってるとヘドが出ますね」  瞳花も不愉快そうに表情を歪めながら合口を鳴らしていた。この人間たちは恐らく世の中が嫌いである。面倒そうなので仲良くなるのは遠慮願いたかった。 「で、差知子さん。ようやくこいつが話に付いてこれるようになったから本題に入りましょう」 「ああ、ようやくだね。まったくここまで来るのに5時間もかかっちまったよ」 「お前らのせいだろうが。なに不機嫌になってんだ」  うんざりした様子の二人に俺は言った。理解した。こいつらは人でなしだ。人間の心が無いのだ。 「とにかく、問題はこいつをどうやったら屍人に成る運命から救えるかってことですね」 「そうだ。それを知りたいんだ。なにかあるんだろう」  俺がぶちこまれた知識は基本的なものだけなのでこのような応用編の知識は無い。なので差知子の知識にすがるしかない。  差知子はスマホを見ていた。 「おい、ログボ集めてないで教えろ」 「ん? はいはい。10連回せる石が貯まったってのに。仕方ないね」  やれやれ、と差知子は椅子にかけた。日付けが変わったのでログボを集めていたのだ 「こういうケースは稀でね。本来、狩人は屍人を見つけたら人払いの術を張るから『狩り』の中に第三者が紛れ込むことは無いんだ。屍人も人目につくところで食事はしない。だから、第三者が襲われた場面に狩人が出くわすってことはそうそう発生しない。だが、そうそう発生しないがやっぱりあったんだね。昔から」 「ってことは、やっぱり対処方もあったってことか」 「まぁ、最初瞳花がやろうとしたみたいにさっさと処理するってやつも居たみたいだけどね。やっぱり狩人も人間だ。助けられるのなら助けたいと思うやつも居た。そうして、分かったことがあって対処の仕方も判明した」 「それだばあさん。早く教えてくれ」 「ああ、良いのが来たね」 差知子はスマホを見てニヤついていた。 「ガチャ回さないで早く教えろ」 「分かってるよ。やれやれ。屍人になるのを止める方法はひとつだけだ。噛まれてから翌朝になるまでに屍遣いを倒すのさ」  差知子はガチャの結果を眺めながら言った。
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