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「もしかして、彼氏と喧嘩でもしました?」
そんな事を囁いて出社早々、僕をビビらせたのは後輩の桐林 陸斗だ。
「だって少しだけだけど目が赤いし、表情もそんな感じでしたよ。先輩、めっちゃ分かりやすいから」
固まって声も出ない僕に、種明かしをするようなドヤ顔でこう言うとまた人懐こい顔で笑う。
そしてらさらにこう言い添えた。
「オレでよければ、相談乗りますよ」
「え?」
「昨日はオレの仕事の相談乗ってもらったでしょ?」
確かに昨夜は、まぁ当たり障りないとはいえ仕事やその人間関係等の話はしたっけな。
と言っても、有能で既に周りの人間からの評判が良い桐林に、僕からアドバイスすることなんてそんなに無かったけど。
「先輩。今夜も平日、でしょ?」
「まぁ……そうだな」
別に良いか。でも、うるさいから一応LINE入れとこうかな。
……あれから朝起きたら100件程着信入っててゾッとした。恭介のやつ、本当に病んでんじゃあないか。
でもそれで慌てて朝電話したら、案外ケロリとした声で『もういいよ、ごめんね』って言って突然電話切られた。
何故かその瞬間から、胸が引き攣って痛いような重いような違和感に悩まされている。
なんだかもうダメかもって言う嫌な予感も働くし。
桐林のいうように僕って今『彼氏と喧嘩した顔』してんだよなァ。ムカつく。すごくムカつくのに辛い。
これなら大人しくあいつに週一で抱き潰されてたら良かったのかも。
いやいや。遅かれ早かれ、こうなってたのかもしれない。
「ほらまた先輩。そんな顔」
「え?」
思い出して暗い顔していた僕を見かねたのか、桐林の声が上から降ってきたと同時に。
「今夜、楽しみにしてますから」
という言葉と、僕の目元をそっと拭う華奢で長い指。
―――どうやら僕は泣いていたらしい。無意識の涙。僕の方が精神的にヤバいの、か、も。
さらに頭をぽんぽん、と撫でられた感覚と共に遠ざかっていく足音。
「桐林……」
振り返って見た、その大きな背中が恭介のそれに重なるようで。僕は己を戒めるように、後輩の名を呟いた。
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