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七転八倒させてみよう
「どういう風の吹き回しだ」
そんな僕の質問に彼は薄く笑うだけ。
見覚えのある店で2度目の居心地の悪さを感じていた。
……ほら、店員もこちらをチラチラ見てるじゃあないか。
昨日に引き続き、やたら距離の近いイケメンを連れた僕を一体どう思うだろう。
ほら、いまもあの色素の薄い瞳がこちらを真っ直ぐに向いている。情熱的な視線に、周りの好奇の視線に焼き尽くされそうだぜ。
「ん。デート」
「はァ? あんまり見んなよ……ガンつけてんのか」
恥じらってんじゃあない。その瞳が怖いだけだ。何故だろう、何か背筋がゾクゾクする。この目は。
思考の分からない、でも確実にこちらを付け狙う宇宙人を前にしたみたい……って例えがめちゃくちゃだな。
「もっとロマンチックな言い方できない?」
呆れたように言う恭介を更に睨みつける。
僕はどうせロマンチックでも可愛くもかっこよくもないよ。ただの、臆病な男だ。とりたてて魅力もない。
「ま。そこが好きなんだけどねぇ」
「ば、バカっ!」
慌てて口を塞ごうとするが時すでに遅し。
隣の席の女の子二人連れが潜めつつも、黄色いを上げたのを聞いた。
「愛してるよ。俺のモノになって。俺は既にお前のモノだから」
「おいおいおいおいおいっ! やめろよっ……こんな所で」
頼むから。更に燃料投下してんじゃあないぜ。
顔に集まる熱を覚まそうと、傍らのグラスを手に取り呷る。
「あ。それ」
「!」
これ、酒かよ。
もう構うもんか。どうせ相手はこいつだ! せいぜい酔い潰れて恥も何も全部かき捨ててやる。
ヤケって怖いよな。でも僕はもうなんでも良くなっていた。
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―――店を出た頃には、本当になんでも良くなるくらいには気が大きくなっていた。
「僕はてっきり別れ話かと思ったんだがなァ」
適度に酔って火照った身体に夜の風が気持ちいい。
「ああ、そうだねぇ」
恭介の返した言葉が、やけに冷たくて。僕は思わず足を止めて振り返った。
「恭介?」
大きくて、あまり華奢じゃあない手がこちらに伸びてくる。
ああ、こいつの手は結構ごつごつしていて器用そうでは無いな。手ならあいつの方が……なんて考えていると。
「ほら。こっちおいで」
声ほど怒ってない顔が音もなく近付いてきて、反応の遅れた僕の唇に触れた。
「ぅん……っ!? お、おい……ここ、外だぞ」
持ち前の気の小ささで誰かに見られたら、と慌てて辺りを見渡せば。
まぁ人はそれなりにいた。でも、皆それぞれの世界に浸っているらしい。幸せそうな顔を寄り添わせながら。
カップルだらけのこの環境に今更ながら赤面する。
「俺は別に気にしないから。こういう所、誠と一緒に来てみたかったんだよね。ほら、デートだし」
「デート……」
ああそうか。これデートか。それがストンと心に落ちると、みるみるうちに心が一杯になる。
嬉しいんだか恥ずかしいんだか。多分両方だ。
「俺たち、ちゃんと付き合っていたでしょ。な?」
恭介の言葉で小さく頷く。
僕はなんて馬鹿だったんだろう。彼は最初から与えようとしてくれた。なのに僕は……。
「すまない」
なんて消え入りそうな声で謝れば、やっぱり大きな手が僕の頭を覆うように撫でる。
「いいよ。俺もガッついてばかりだった。ごめん……若いから、かな」
「馬鹿野郎、僕だって若い」
こう見えてまだ20代だぜ。人を年寄り扱いしやがって。
軽くカチンときて人差し指であいつの頬をついてやる。ムニッとしてはいるけど、やっぱり桐林より柔らかくないな。
「んじゃあ若い者同士、ナニするのか……分かるよね?」
そう囁くと恭介の手が僕の背中をするり、と撫でた。
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