嫌よ嫌よは、八割嫌だ

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年齢も社会人としての経験も、僕と3年ほどしか変わらない華子さんは有能で、さながらこの部署の頼りになるお姉さん。 それでも決して頭ごなしに叱ることもなくて、基本穏やかでおっとりとしていて周りからも慕われていた。 そんな彼女が会社を辞めてしまうことに、皆一様に残念がり惜しんだけど、事情を知っている僕は清々しく送り出したい一心だ。 「瀬上先輩、少し良いですか」 僕の事を先輩と呼び、人懐こい顔を向けるのは最近入社した後輩。桐林 陸斗(きりばやし りくと) 華子さんの引き継ぎの一部と、僕のやっていた仕事も教えるように上から指示された。 「うん。いいよ」 作業の手を止めて振り返れば、犬っぽくて可愛いと評判の大きな目で見つめ返される。童顔の彼は、僕より一つだけしか変わらないのにまるで学生みたい。 いや、恭介も学生だけど彼よりずっと……あれは逆に学生に見えなかったけど。老け顔なのかな。それとも雰囲気か。 僕も大体童顔だと言われるけど彼もたいがいだ。 「あ、これなんですけど……」 真剣そのものの顔でメモをとり、僕の話を聞くその姿勢はとても尊敬できる。頑張り屋さんでカワイイ系のイケメンで、頭も悪くない。 さらに顔に似合わず僕より高身長って所がなんとも。 僕だって日本人男性としては決して低い訳じゃあないんだぜ。 恭介も彼も大きすぎるんだよ。ほんと。 しかも揃いも揃って女子ウケするイケメンだしさ。 あ。図体だけデカくて甘えん坊な恭介は、ちゃんと講義に遅刻せず行ったかな。後でLINE送っとこうかな……んで帰ったら電話でもしてやるか。 「先輩?」 「え、ああ。ごめんごめん」 ……あ、ヤバい。仕事中に恋人のこと考えて上の空なんて、問題外だ。仕事とプライベートは分けないと。 自分に喝を入れつつ頭を切り替え、目の前の後輩の言葉に意識を集中させる。 「なんか先輩、あんまり顔色良くないですよ」 心配そうに曇らせた顔は、気が付けば何故か少し距離が近いような気がした。パーソナルスペースが広めな僕はさり気なく座っていた椅子を引く。 そして彼の先程の言葉を頭の中で反芻した。 「そ、そんなに顔色悪いか?」 そう言えばさっき部長にも言われたな。軽いジョークという名のセクハラ交じりだったもので、軽く聞き流してたけど。 やっぱり疲れが溜まってるのかもしれないな……休み明けなのに。 「うーん。なんか目の下に薄くですけど、くま? ありますし……大丈夫ですか」 桐林は首を少し傾げながら長い指で僕の顔に触れる。 突然のことで思わず思考停止した僕に、にっこりとあの人懐こい笑みで返した。 「オレ。まだ先輩に迷惑かけてばかりだけど、早くお役にたてるように頑張りますね!」 すごく前向きポジティブな事をその可愛らしい笑顔で言い切られたら、まぁ悪い気はしない。 僕も同じように笑顔で『頼りにしてるぞ』と励ますと、すぐさま彼の仕事の指導に戻る。 桐林はやはり、少し近い距離で熱心に話を聞きながらメモを取り相槌を打っている。 ……彼は本当に真面目な後輩だ。その忠犬みたいなひたむきな視線も好意的だし、何より能力も高い。 ただ、やっぱり少し近い……もしかして近眼、なんだろうか?
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