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嫌よ嫌よも二割好き
仕事を終えて、今日はなんとか定時ちょっと過ぎ位で帰れそうだ。
別に慌てるほど予定もないけど、何となく安堵の気持ちで帰り支度をする。
「あ、誠君。今日空いてる?」
華子さんの声に、一も二もなく頷き立ち上がった。
彼女から誘ってくれた体になったが、実際は僕の為だろう。さっきの『相談』ってやつだ。
「いつもの所でいいかしらね」
「ええ」
「じゃあ行こっか」
華子さんの全てわかった上の大人の笑顔に、いつもの事ながら癒しを感じる。
こんな時間もそう遠くないうちになくなってしまうと思うとやっぱり少し寂しいな、と思った。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
そこそこリーズナブルで、ほぼ行きつけみたいになっている店。会社からそう遠くない所の居酒屋に僕達はいた。
今日も人の入りは割と良くて、このザワザワ感で少し位込み入った話をしても周囲に気兼ねする事はない。
「んで。そろそろ聞かせて貰おっかなぁ」
表情を緩ませた華子さんがハイボールのグラスを右手で撫でながら切り出したのは、そのグラスの中身が半分以下に減った位の時だった。
僕は酒はあれから自粛モードのノンアルコールで、料理に箸を付けながら苦笑いするしかない。
「あー……なんでしたっけ」
「とぼけないでよぉ。久しぶりに聞きたいのよ、恋人との惚気話をね」
「惚気、ねぇ」
……あるかな。そりゃあ見た目『だけ』は良いし、ああ見えて結構可愛い所あるし。さっきもLINEしたらすごい速さで帰ってくるし、ハートやら可愛いスタンプ連打してくる。
電話はしてないけど、彼女との食事を伝えたら『帰ったら声聞きたい』とか返ってくるし。
とにかく言葉の愛情表現はもうくどいくらいしてくるとか。あと。
「あらまぁ。お熱いこと」
しまった。つい色々語っちゃった気がする。華子さんの笑顔がぬるい。やや可哀想な子を見る目でもあるような……。
「でも。その可愛くて格好良い恋人さんに、少し困ってる事もあるんでしょ?」
「参ったな……」
全部お見通しか。さすが華子さんだ。
僕は観念して、ぽつりぽつりと全て打ち明けることにした。
休みの日の過ごし方から、なんだか付き合ってる感がしないってこと。何度言ってもはぐらかされるか、強引にそっちに持ち込まれてしまう。
さらに求められたらつい応えてしまう自分へのウンザリしてること。
「確かに恭介君、少し特殊な子みたいねぇ」
「そうなんですよ! 非童貞なのにデートひとつした事ないとか、なんなんだって話ですよ……僕は、やっぱりまだその、そういう関係なのかなって」
こうなる前なら、むしろセフレだと割り切っていたから今よりずっとモヤモヤしなかった。
その代わり彼を好きだと認める事すら辛くて苦しかったけどさ。
今は曲がりなりにも恋人っていう肩書きだからか、文句言うのも贅沢なのかなって思うし。
でもやっぱりなんか嫌だし……ああもうっ!
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