九分九厘って語呂がいい

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―――その日の夜、久しぶりに電話がかかってきた。 誰からだって? もちろん恭介からだ。 『ねぇ誠』 「んだよ。珍しいよなァ、こんな時間に」 時計を確認すると、もうすく日付の変わる時刻。 幸いまだ起きてたから電話に出れたけど、いつもなら寝ている時間だ。 『ちょっと声が聞きたくてね』 「ふぅん……病んでんじゃあないの」 ああ、どこまで行っても僕は可愛くない。いや可愛くないのは当たり前か。だって僕は愛嬌もへったくれもないごく普通の男だから。 彼のように類まれなる容姿も恵まれた体躯もない。 なんでこいつが僕を抱きたがって、恋人と呼ぶのかすら分からない程だ。 『最近、どう?』 「どうって……普通だけど」 『そっかぁ。普通、か』 「なんだよ、ハッキリしない言い方しやがってさァ。僕、これから寝るんだぜ」 『誰と』 「誰って……どういう意味だよ、それェ」 まさかこいつ、僕が浮気でもしてんじゃあないかって疑ってるのか。見くびるなよ。むしろそっちがしていても驚かないぜ。 『いや。別に冗談だよ』 「驚くほど笑えない冗談だよなァ。センス皆無。笑点でも見て勉強しなおせよ、馬鹿野郎」 『めっちゃ辛辣!』 彼の妙に嬉しそうな声が機械越しにでも聞こえると、やっぱり幸せなものだ。 と、自分の頬が知らず知らずに緩むのが分かる。 まぁでも別に向こうから分からないから良いだろう。 ……何してんのかな。あいつももうすぐ寝るのか。ベッドの上か、だとした別の所にいるのになんだか一緒にいる気分になったり、しないか。 しかし、ふと声のトーンを落として恭介が言った。 『あのさ。今日、また会社の人と飲みに行ったんだよね?』 「え、ああ、うん……なんで知ってんだ」 報告、したっけ。しようとしてなんか結局止めた気がするが。 必要ないかなと思ってさ。 『芽衣子ちゃんから聞いた』 「ああ。そう言えば」 茶九 芽衣子(さきゅう めいこ) 苗字から分かるだろうけど華子さんと同じ。彼女の妹さんだ。 短大生で恭介とは合コンだかなんだかで知り合ったらしい。 僕と彼が付き合うきっかけをくれた人の1人でもある。 今日、桐林と街を歩いている所に偶然芽衣子ちゃんと遭遇したのだ。 向こうも友達と一緒だったし、軽い挨拶して別れたのだけれど。 『なんで俺に言わないの』 「はァ? むしろなんで言わなきゃいけないんだよ。単なる会社の後輩と飯行っただけだぜ」 突然拗ねたような声で切り出されて驚いた。責められる程疚しい気持ちもなかったからだ。 それでも僕の言葉にいっそう機嫌を損ねた様子の彼が唸るように一言。 『……浮気だ』 それにはさすがに反論せざるを得ない。 「おいおいおいおい。なんでそうなるんだよ! 相手は男だし年下だぜ」 『俺だって男だし年下だけど?』 「うぐッ……ま、まぁそう、だけど」 でもこいつと違って、僕は倫理観も道徳観も破綻してないからな? 前のカノジョの時もこっちからフラれただけで、浮気とかなかったから。 僕の反応をどう受け取ったのか、電話越しに彼の深いため息が聞こえた。 『なんにもなかったなら良いけど』 まだ疑ってます、なんて言いたげな声で言われて僕は頭がカッと熱くなるのを感じた。 バカにしやがって……と思ったんだ。当たり前だろう。 僕が何度それとなく言っても、身体しか求めて来ない。デートとかそう言うのしたいって言うくせに、実際会ったら直ぐに部屋に連れ込んで服を脱がしてくるような男に、なんで僕が怒られなきゃいけないんだよっ! 「大体君ね、そういう風に一丁前に嫉妬するならさァ……」 『何?』 ……これ、言っていいものだろうか。 僕は一瞬、唾をゴクリと飲み込むが勢いで口にした。 「僕とちゃんと付き合ってから言えよなっ!」 そして勢いで通話を切って、電源も落とした。 「あーっ、もう知らん!」 嫌になった。変わらない彼にも、うじうじ悩む自分にも。 ……スマホと一緒に布団にダイブする。 なんだかすごく疲れた。 「もう、別れちゃおうかなァ」 口に出してみると、心臓がギュッと痛く苦しくなって鼻の奥がツンとする。 シーツに顔を擦りつけながら。……せめて夢の中では彼と仲良くしたいって我ながら乙女地味たことを考えて眠りについた。
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