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嫌よ嫌よは、八割嫌だ
朝だと言うのに、空はどんより分厚い雲。
今にも降り出しそうで、爽やかな朝とは程遠いものだ。
……あ。僕の腰と腹、あと関節が色々とヤバいのは多分関係ない。
「おはよ。ハニー」
対してこの男はひどく上機嫌だ。
自分でも分かる程の仏頂面で珈琲を入れる僕の腰を擦って、頬に軽くキスを落とす。
っていうか。ハニーってなんだ、海外のコメディドラマかよ。悪いがここは日本だ。
そして今日もこいつのテンションはウザい。
「身体、大丈夫?」
「そんな事聞く位なら手加減して欲しいもんだなァ」
恋人からの労りの言葉にも嫌味が口をついてしまう。
分かってる、僕の性格が悪いって。分かってるけど言わせてくれ。だって僕の不調は大体こいつのせいだから。
……おいおいおいおい。ニヤついてんじゃあないぜ。
なんだ『新婚夫婦みたい』って。僕はこれっぽっちもそんなことは言ってない。
やめろ、尻を撫で回すな。なんか……ゾワゾワするじゃあないか。
「珈琲、俺にも入れて」
「今入れてる」
「……さすが俺の奥さん」
いちいち身体を密着させて囁いてくる、年下の恋人が好きだけどやっぱりムカつく。
こうやってあっさりと甘えられるこいつが羨ましいんだと思う。
―――結局また同じ。週末、ほぼベッドで過ごした。眠る時は気絶させられるように意識を落として。酷いと眠っている間にも愛撫されて、起きたらそのまままた抱かれて……やめよう、マウント取ってぶん殴りたくなる。
「僕はそろそろ出るから」
「えーっ! もう?」
入れた珈琲にいつも通り砂糖とミルクを入れてテーブルに置いた。
こいつ。こんなデカい図体の男のクセに、こんな甘ったるい珈琲が好きなんだよな。虫歯になるからそんなに飲むなって言うんだけれど。
「言っただろ、今日は早いって」
恭介は珈琲に口を付けながら膨れっ面している。
金曜日の段階で言ったはずだ。そんな顔しても無駄だぞ。くそ、可愛いな。馬鹿野郎。
……なんて言えるはずもなく。
「ちゃんと遅刻せず学校行けよ」
そう言って立ち上がる。
そして本日最大で、ほんの少しだけの勇気を出す。
「ん」
髭ひとつ生えてない、そのツルツルの頬にそっと触れるだけのキスを落とした。
「い、行ってきますっ……!」
すぐさま鞄を抱えて相手の反応から逃げるように玄関に走る。
……何やら騒がしい声と足音が背中に飛んできたが、お構い無しに慌てて靴を履きドアを開けて外に飛び出した。
―――バタン、という大きな音は僕を曇り空の下に締め出す。
ホッとしたような、寂しいような……いや、仕事行こう。
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