抱きしめたい

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   うちには猫(♂)がいる。 「なー」 「ただいま猫ー、腹減ったろー」 「なー」  一人暮らしだった俺の所に猫がやって来てくれて一年半ほどか。ペット可マンション、ネコ飼い多しではあるけど、うちの猫の場合爪研ぎもしないしマーキングもしない。夜行性らしく昼間は寝て過ごしていると思われる。 「今日のおつとめ品、すんごい豪華なのが残ってたぞー。マグロ。中トロ」 「なっっ!」 「もとの値段が高かったお陰だろうなー」  これもおつとめ品のポテトサラダにカニ風味かまぼことマヨネーズを足して嵩増しし、玉子焼きを巻きながら湯を沸かす。今日の味噌汁の具は長ネギだ。猫はワカメしか食べないから長ネギ・豆腐・油揚げが残るんだ。 「熱いぞー。ふーふーするから待ってな」 「なー」  猫はネコだけに猫舌である。そして猫まんまを食う。インスタントの味噌汁でソレはないと最初は思ったが、当人が好きなのだから仕方ない。 「マグロ、あーん」 「な───♪」 「美味いって覚えてんだなあ。贅沢なヤツー。玉子焼きも冷めたから食うか?」  大きな瞳を更に大きくして猫はこくこく頷く。ポテトサラダも然りだ。毎度毎度大した飯を用意出来る訳でもないのに、猫はいつも嬉しそうで美味そうだ。  晩飯が済んだら撮っておいた録画を見る。さんまちゃんとダウンタウンとマツコ、千鳥に美の巨人のどれかを適当に見る。適当に見ているのに面白い。千鳥はゲストによって当たり外れもあるが、最終的にノブくんが面白いのでいい。  傍らには猫の温もり。ネコは自由気ままで寄って来る事は珍しい事だと何となく思っていたけど、うちの猫は人恋しい性質(たち)だから俺が仕事から帰ると傍から離れたがらない。  まったく、一人の冷たさにはもう戻れないよなー。同意するぞー。  生き物の気配と温もりは離れがたい。可愛くって仕方がない。 「なお」 「んー……そろそろ風呂入ってアイス食って寝るかー」 「な─────ぉ」  猫はネコだが風呂が好き。俺が浸かり終わって冷めた頃合のぬるま湯が好き。せっせと全身洗ってやると、気持ちよさそうに目を瞑るのが愛おしい。風呂上がりのアイスの後は張り切って口を開け、歯磨きさせてくれるのがまた愛おしい。 「んー。よしよし、虫歯も出来てないなー。歯茎もキレイ」 「んあ」 「うがいしたら布団に入ってな。俺も歯磨きしてから行くから」  洗面台でしゃこしゃことブラッシングしていると、猫は足音もなく背後に立ってそろりそろりと寄って来る。先に寝ていろと言っても毎度毎度。一応気を遣ってるつもりなのに。 「なー………」  腰にそーっと回された腕と腿を割る右脚。ちょっと重いかなー。負荷がヤバいかなー。でも、温もりと重みは幸せそのものだ。  うがいして歯ブラシを置き、洗面所の電気を消す。暗がりの中でかち合った視線は熱っぽく、眉間に触れるようにキスすると、猫は俺の人差し指を摘んで寝室に引っ張って行く。 「こら、ソコは張り切らないでいい。出すの猫だけ」 「なっっ」 「いくら風呂で疲労回復っても流石にもげるわ」 「なー………」  顔に掛かった黒髪の隙間から覗く、熱っぽく恨みがましい目は魅惑的且つ扇情的だけど、俺の事はそっとしておいてくれていい。猫が気持ちよくなってくれるだけで嬉しい。 「なお、なお、」 「うん。気持ちいい?」  褐色の、骨張った細い体。柔らかくてしなやかな体。手の中から少しはみ出るくらいの小振りな性器を指先で擦ると猫はあっという間に吐精する。いつもまるで発情期のように敏感だ。 「なー、なー、」 「マジでいいのー。ほら寝よ寝よ」 「な───ぉ………」 「うん、おやすみ」  俺が寝たあとも猫は起きているんだと思う。夜行性だし。新しい筈の録画を見ていた形跡もある。  猫が好きな番組は、今もずっと変わらない。
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