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盗撮の容疑で1人の男が逮捕された。
最近はインスタ映えとかが流行していて公園などの景色のいい場所にテイクアウトしたメニューを持ち出して風景と一緒に料理を写メに撮影してアップする女子も多い。
また、インスタ映えを意識した形で料理を提供する店も多い。
逮捕された男は写メを撮るのに夢中になって
無防備になった女子のパンチラを動画に撮影していて、公園に居合わせた人たちに取り押さえられて現行犯逮捕となったのだ。
驚くことにアキラというこの男は人気のグルメ評論家で、「パクっとグルメ」の名前でいろんな美味しい店の料理を紹介するブログは圧倒的な閲覧数を誇り、「パクっとグルメ」に紹介された店は行列のできるほどの人気店となっていた。
「何であなたのような人が盗撮だなんて・・」
取り調べを担当することになった警察官の依田は呆れたように残念そうに無念そうに言った。
実は何を隠そう依田も「パクっとグルメ」の大ファンであり、フリーな時間には紹介された店の美味しい料理を食べに行くのを楽しみにしていた。
「パクっとグルメ」の評価は的確でハズれたことなど一度もなくそれは美味しい。しかも、リーズナブルな庶民的な値段で美味しい店を紹介してくれるのでサラリーマンでも気軽に食べに行けるのがまた嬉しい。
警察官とはいえサラリーマンであることには変わりなく、そんなに高い給料をもらっているワケではないので、いくら美味しくても高級店はなかなか行けない・・。
「インスタ映えだか何だか知らないが、そんなことでせっかくの料理を汚すミーハーな女どもに罰を与えてやりたかった」とアキラは犯行動機を供述した。
「あなた程のグルメ評論家だ。ミーハーに料理を汚すのが許せないのはよく分かる。私も同じ気持ちだ。しかし、何でよりにもよって盗撮などということを・・」と依田は心底残念そうに言った。
「実は撮影した画像は他の携帯にも転送した。いずれはネットに流出させることもできる」とアキラは信じられないことを言い出した。
「なんてことを・・その携帯はどこにある?」
「それは言えない。遠隔操作で電源も切ったからGPSでも探せない」
アキラは頑として画像を転送した携帯の隠し場所については口を割らない。いくら追及しても自宅ではないどこかと言うのみである。
しばらく沈黙が続いた後にアキラはついに本題を切り出した。
「カツ丼を、最高に美味しいカツ丼を食わせてくれ。ご馳走してくれとは言わない、カネは払う。そうすれば画像を転送した携帯の場所も白状するし、素直に罪を償う」
真剣な眼差しで依田を見つめてアキラは訴える。
今まで散々に美味しい料理を味わってきたアキラにはどうしても食べてみたい究極に美味しいメニューがあった。それが警察の取り調べの時に出されるカツ丼だ。
食べ歩きを続けていると、前科持ちのマスターや大将、常連客と知り合いになることもある。彼らは口を揃えて取調室のカツ丼は最高に美味しく、今までの人生であんなに美味しいものは食べたことがないと言う。
ある者は涙を流して食べており、またある者はあんなに美味しいものを御馳走になったら何でも白状して素直に取り調べに応じたという。もう一度だけでも食べてみたいと夢にまで思うけど、あんなに美味しいものを食べさせてくれたおまわりさんともう悪いことは二度としないと約束したのは絶対に破れないので死ぬ思いで再犯を犯すのは思いとどまっているのだと言う。
そんなに美味しいのか、もはや究極ではないか。食べさせてくれたおまわりさんとの約束が心の誓いとなってもう一度だけでも食べたいという強い思いをも抑えるとはどれ程の美味しさなのか想像もつかない。
どんなに美味しいものを食べてもアキラの心が満たされることはなかった。究極の美味、取調室のカツ丼を一度だけでも食べてみたいと強く思うようになった。
試しに運転免許の更新の時に警察署の食堂でカツ丼を食べてみたこともあるが、全然話にならなかった。
安さと早さのみを追及している食堂とは全く違うカツ丼を用意しているのは間違いないだろう。
アキラの真剣な話を聞いて依田は困惑した。確かに昔は取り調べの時にカツ丼をサービスすることもあった。その費用は警察官の自腹だった。カツ丼を美味しい、美味しいと涙を流しながら食べて、その感動から素直に自供をする容疑者も多くいた。
だが、特別なカツ丼を用意したワケではなく適当に近所の店から出前を取っていたに過ぎない。
一度取り調べのために拘束されると、しばらくは外部との連絡は遮断され、食事もなしで長時間に渡る取り調べが続くことも多い。
しかし、容疑者は黙秘を続けたり否認をし続けたりして取り調べが行き詰まることも多いので、そんなタイミングでカツ丼の出前を取ることが多い。
食事もなしで取り調べを続けるのは刑事も同じ、行き詰った状態で腹が減っては戦はできないから飯でも食ってお互いにひと息つこうやとなるワケである。
何でカツ丼が定番になったかというと、刑事も食べるのだから、何とか容疑者を落とそうと勝つに掛けてカツ丼になったというウワサもあるが定かではない。
取調室で食べるカツ丼は本当に美味しくて、中には美味しい、美味しいと涙を流して自供を始める容疑者もいた。そんなことも度々あったりするんで、取調室のカツ丼は究極に美味しいという都市伝説として語り継がれたのだろう。
ところが、空腹の容疑者に飯を与えるのは「面倒見」といって恩を着せて自供を促す取引行為だと言われて厳重に禁止する通達が出されて今では取り調べ中に飯を与えることは一切なくなった。
現場の警察官にしてみれば迷惑以外の何者でもない通達である。取り調べの質が落ちたとか言われても、こうやって容疑者と心を通わせる時間を奪っておいてよく言うというのが本音ねところである。美味しいものを食べながらいろいろと雑談をすれば自然と心は通い合うものである。
この食事の時間を奪われては、お互いに空腹のまま長時間取り調べが続くワケであり、人間腹が減ると集中力はなくなるわ、怒りっぽくなるわでいいことなんてひとつもない。
逆に飯も食わせずに長時間取り調べを続ければ、自供するまで何も食えないぞという脅しになり、かえって自供の強要と言われ兼ねないと多くの警察官は思っているが、そんなことはまるで理解できないのが組織というものである。
しかし、今回は事情が違う。
グルメ評論家のアキラは一生に一度だけ、どうしても究極に美味しいカツ丼を食べたいと真剣に思って、ついに犯罪まで犯したのである。
なんと真剣な、まさぬ身を捨ててまでも貫く美味への追究であろうか。
その熱く真剣な思いを感じると涙が出てきた。
なんとしてもアキラのこの思いに応えてあげたい、いや、応えなければならないと依田は思った。それは他の警察官たちも同じである。
今回は特例中の特例としてアキラにカツ丼を提供することを決めた。
しかし困った。取調室のカツ丼が究極に美味しいというのは幻想や妄想であるが、その幻想や妄想はついには犯罪を犯してしまう程に大きくなってしまっている。
ましてや舌の肥えたグルメ評論家のアキラだ、ちょっとやそっと美味しいカツ丼では期待に応えられないだろう。期待に応えるどころか失望させることになってしまう。
こうして、署の食堂に刑事たちがこっそり集まって非公認というか闇の捜査本部が設置された。名付けて「グルメ評論家カツ丼対策本部」である。指揮を取るのは依田刑事である。
「今回の事件は非常に難しい事件である。相手は舌の肥えたグルメ評論家。しかも、時間的制約もあるからこの署の近隣で究極に美味しいカツ丼を調達しなければならないという厳しい状況だ。しかし、容疑者の熱い思いに応えるため必ず満足させられるカツ丼を探す」
「はい」
依田の号令に集まった数人の刑事たちが敬礼をして各人思い思いのカツ丼を調達しに出かけていった。
まず警察署の食堂のカツ丼は瞬殺で脚下された。お母さんのような愛情たっぷりのお弁当が大人気の「おっかさん弁当」のカツ丼は人気が高かったが、家庭料理の域だと残念ながら脚下。
このカツ丼対策にはグルメ刑事として名高く食通にしてプロ級の料理の腕の持ち主であるロトブキさんこと六都吹雪刑事も緊急参戦して自慢の料理の腕を振るったが、惜しくも脚下された。
男性刑事たちに圧倒的に人気だったのが目の前でラブ注入してくれるメイド喫茶のカツ丼。出前に来てくれたのはこれまたメチャ可愛いメイドさんだ。ラブ注入してもらうとカツ丼は究極に美味しいものに思える。
依田もメイド喫茶のカツ丼にかなり心が動いたが、ふと冷静になった。インスタ映えに腹を立てるようなアキラのことだから、メイドのラブ注入など怒らせるだけではないか・・。いや、アキラとて男、こんなに可愛いメイドさんならイケるかも知れないと心の中で葛藤を繰り返したが、ここは涙を飲んで脚下した。
しかし、個人的にメイド喫茶に行こうと心に決めてラブ注入してもらった名刺をゲットする始末・・。
数々のカツ丼が次々に撃沈していく熾烈な戦いに最後まで勝ち残ったのは最高に美味しいカツ丼と評判の店「ちゃっかりかつ兵衛」のカツ丼だった。
このカツ丼は依田も超お気に入りで、みんなが口を揃えて文句なしと言い、食通の六都吹雪をも唸らせる正に究極のカツ丼だ。
これならイケる気がするが、「パクっとグルメ」でもかなりの好評価で紹介されていたなが気にかかる。食べたことありカツ丼でアキラが満足するのか・・。
しかし、これ以上のカツ丼は日本中を探しても見つからないような気がする。これしかないという結論ななった。
早速「ちゃっかりかつ兵衛」に出前を注入する。とびきり美味しいカツ丼を頼みますと言ったら職人気質で頑固なオヤジに、うちの料理は一品たりとも、ちょびっとでも手を抜いたことはない、魂を込めて作っている、全部がとびきり美味しいんだと怒鳴られた。
「う、美味い。なんという美味しさだ。もはや尊ささえ感じる」とアキラは感動に打ちひしがれて涙を流してカツ丼を食べた。
そして涙を流して何度も何度も土下座をして、こんなに美味しいカツ丼を食べさせてくれたことへのお礼と悪いことをしたことのお詫びを申し立てた。もちろん映像を転送したケイタイの隠し場所も白状して携帯は押収された。
「あのカツ丼はどこかから出前を取ったのですか?お願いです、教えてください」とアキラは何度も土下座をしてカツ丼の素性を教えてくれるように頼み込んだ。
「ちゃっかりかつ兵衛」はアキラも食べたことのある店だからがっかりさせてしまうと思い、いっそ警察署でレシピも調理人も一切秘密にされている幻のカツ丼ということにしようかとも思ったが、何度も土下座をして涙を流すアキラが不憫で、またその情熱に打たれてカツ丼の素性を教えてあげた。
「確かに最高に美味しいカツ丼だったが、ここまでではなかった。オヤジが腕を上げたのか、調理法が変わったのか、はたまた調理人が変わったのか・・」
アキラは出所したら「ちゃっかりかつ兵衛」に行くことだけを楽しみに留置所に入れられた。
初犯であること、素直に自供して深く深く反省もしていることから実刑は下ったものの、執行猶予が付されてアキラは釈放された。
釈放後、アキラはずっと夢に見た「ちゃっかりかつ兵衛」に行ってみた。美味い、確かに他の店とは雲泥の差だ。しかし、取調室で食べたものには全く及ばない。以前に「パクっとグルメ」に紹介した時と何ら変わらない。
落胆する気持ちの中アキラは考えた。取調室で食べたのは出前だ。出前用のものは時間が経っても美味しさを保てるようにもうひと工夫してあるのかも知れない。
今度は出前を取ってみたが、店で食べたものと同じであった。時間が経っている分店で食べた時よりも微妙に味が落ちている。
もしかしたらカツ丼にも並、上、特上があって、取調室では特上を取ってくれたのかも知れないとお品書きや店内の貼紙まで隅々まで探してみたが、カツ丼は普通にカツ丼一品しかない。
特上はお品書きにはない裏メニューなのかも知れないと思ってオヤジに特上のカツ丼がないかと恐る恐る訊いてみる。
「特上だと、ふざけるな。言うならばうちのカツ丼はどれも特上だ。魂を込めて作っているんだ」と職人気質で自分の仕事に誇りを持っているオヤジは顔を真っ赤にして怒った。
「確かにこの店のカツ丼でもっと極上のカツ丼をいただいたんです。お願いです、もう一度だけでも私にあの極上のカツ丼を食べさせてください」とアキラは涙を流して土下座をした。
その必死な姿に打たれてオヤジは話を聞いてみた。
そういえば、かなり久しぶりに警察署にカツ丼を出前した。昔はよく警察署にカツ丼を出前したものだが、取り調べの時に容疑者にカツ丼をご馳走するのが禁止されたとかで、もう何年も警察署に出前をしたことはない。
それが、かなり久しぶりに警察署から出前の注文があり、しかもとびきり美味しいカツ丼を頼みますだなんて失礼なことを言われたのでよく覚えている。
なるほど、この男に食わせるためだったかと、とびきり美味しいカツ丼と言っていた意味がよく分かった。
「あ、あんた、もしかして「パクっとグルメ」のアキラさんかい?」
「は、はい。僭越ならこのお店のことも紹介させていただきました」
警察署へのカツ丼の出前がなくなって売上が減っていた時に「パクっとグルメ」で紹介されたおかげで新たに人を雇うほどに売上が増加したんで本当に感謝をしている。
「パクっとグルメ」のような素晴らしいグルメ情報をやっているだけあって、この男のグルメへの情熱は本物だ。犯罪を犯してまでも究極に美味しいと言われる取調室のカツ丼を追い求めたのか・・。
その情熱に打たれてオヤジの目に涙が浮かぶ。
「よく分かりました。その究極に美味しいカツ丼を食べて頂きますから、3日間何も食べずにもう一度店に来てください。絶対に何も食べてはいけませんよ」
「は、はい、ありがとうございます」とアキラは震えながら頭を下げた。
もう一度あの究極に美味しいカツ丼が食べれると思うと感動のあまり身震いしてくる。
3日間何も食べないのは辛いが、あの究極に美味しいカツ丼のためなら苦にもならない。
そして3日の断食を成功させて店に行ってみた。
「こ、これは・・美味しいなんてもんじゃない。神々しい。もはや神の領域だ」
あまりの美味しさにアキラは感動に打ちひしがれて涙を流して震えながらカツ丼を食べた。取調室のカツ丼をも超えている。出前ではなく出来立てだからなのか、アキラの期待に応えるためオヤジも3日間かけて更なる進化を遂げたのか・・。
食べているうちにアキラは究極に美味しいカツ丼の正体を悟った。
究極の空腹は美味しいものを何倍も美味しく感じられる。それが究極に美味しいカツ丼の正体だったのだ。
アキラは自分のように究極に美味しいカツ丼を求めるあまり犯罪を犯す者が出ないように「パクっとグルメ」に究極に美味しいカツ丼の真相を紹介した。
究極に美味しいカツ丼の真相を悟るとややガッカリして、こんなことのために犯罪を犯して前科が付いてしまった自分を愚かしくも思えるが、どこまでも貪欲に究極に美味しいものを追究し続けるグルメ人としては一点の悔いもなく、幻の美味、究極に美味しいカツ丼をどこまでも追い求めて真相を究明した自分が誇らしくもあった。
究極に美味しいカツ丼を求める人はかなり多かったようで、真相をアップしてからというもの、閲覧数は更にアップして、おかげ様で犯罪を犯さずにすみました等のお礼のコメントや犯罪を犯してまでも究極の美味を追究した勇気と根性を称えるコメントが殺到したのであった。
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