第4話 ハロウィンとリンゴ

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第4話 ハロウィンとリンゴ

 美波はお店のメニューを書く黒板ボードにチョークでオバケとジャック・オー・ランタンの絵を描き『アイリッシュ・ハロウィン・メニューはじめました』と書き込んだ。  店の前のプランターは、小さなカボチャのジャック・オー・ランタンやオバケたちで飾られ、窓も貼りつき型のカラフルなオバケや猫で飾られた。  店の扉の脇に出されたイスの上にはカブで作られたジャック・オー・ランタンが置かれている。実はカボチャのジャック・オー・ランタンはアメリカで生まれたものであり、アイルランドなど元々の発祥はカブの提灯だった。  ハロウィン――  渋谷などではキリスト教のお祭りと勘違いされているが、元々はケルトやそれ以前の古代ヨーロッパの収穫祭であり、その日は霊界と現界が接しやすい時期のためにそれの対策をしっかりとする催事だった。 「あの……アイリッシュ・ハロウィンってなんですか?」  少し早いお昼をとりに社外に出てきた女性社員だろうか? 20代前半くらいの3人組の女性たちが美波の後ろから黒板を覗き込み訊ねてきた。 「アイルランドの伝統的なハロウィンの日に食べる料理ですよ。ジャガイモが中心のお料理になりますけどね」 「もう、準備出来てますか?」 「どうぞどうぞ」  3人を招き入れた美波はカウンターに入って準備をはじめる。  コルカノンと呼ばれるマッシュポテトに火を通したキャベツとベーコン、バターと牛乳を加えて加熱仕上げした物に、ボクスティと呼ばれるジャガイモのパンケーキ。  これらがアイルランドのハロウィンの時に食べられる伝統的な料理。これだけだとジャガイモづくしでカフェメニューとしては微妙なので、アイリッシュシチューを添える。  デザートには、ハロウィン伝統のスイーツであるドライフルーツがたくさん入ったバームブラックが用意されていた。ただし、バームブラックはちょっと秘密があるので、今焼いている分を大皿に乗せて客に選んでもらうスタイルだった。 「美味しそう!」  早速、写真を撮ろうとする3人だが、美波はそれに待ったをかけた。 「お写真を撮る前に、こちらのバームブラックのお好きなピースをひとつ選んでください。当たりには幸運をもたらすというコインが入れてあります」  当たりがあると聞いた3人は、真剣な顔をしてバームブラックのピースを選びはじめた。  本来ならバームブラックのケーキにはコイン以外にもハズレの物などを入れるのだが、さすがにカフェで出す物に縁起悪いものは入れられない。  ちなみに、中に入れるコインは『金運が良くなる』を意味し、他に入れるものとしては、指輪は『結婚』、布きれは『貧困』、ボタンは『独身男性は結婚できない』、指ぬきは『独身女性は結婚できない』、木片は『結婚生活によからぬ事が起きる』を意味すると言う。  通常はケーキの中に埋めて隠すのだが、それだと呑み込んでしまう危険性があるので、美波は敢えてケーキの下に敷くシートの上にコインを置き、その上からケーキの生地を乗せて焼いていた。  女性客たちがワイワイ言いながら食事をはじめると、美波はさらにリンゴをカットした物にキャラメルソースをかけてコーティングした物を準備しはじめた。 「あーん。コインが入ってないー!」 「あっ! あたし入ってた!」 「私もあった!」  3人の内、2人が当たりを引いたらしい。 「金運が良くなると言われていますから、コインはお持ちになってお財布にでも入れておいてくださいな」  そう説明した後、美波は三人に先ほど作っていたキャラメルソースがけしたリンゴのピースをラッピングした物をひとつずつ配った。 「ハロウィンの日の夜……そうですね、夜の10時頃から0時前にお食べになってくださいな。ハロウィンの夜更けにリンゴを食べると幸運が舞い込むと言われていて、アイルランドでは食べる事が普通なんですよ」 「そういえば、リンゴ囓りゲームとか見たことあるけど、あれもそうなんですか?」 「よくご存知ですね。日本のハロウィンはアメリカの影響でカボチャが多くなってしまいましたが、実はリンゴにまつわる物が多いんですよ」  リンゴの収穫がはじまる季節で、ハロウィンは収穫祭も兼ねた祭りである。霊界から現れる妖精や魔物たちに邪な術を掛けられて健康を害さないようにという意味合いもあって、ビタミンが豊富なリンゴを食べるようになったのだろう。  このウィッチハウスをちょっとオカルティックなカフェとして認識している者たちには、魔女と噂される店主の美波が『幸運が舞い込む』などと言えばその気になるというものだ。  3人もそんな話を聞いているのだろう。『絶対に時間厳守で食べようね』と言い合いながら店を後にしていった。  彼女たちを見送ると、周辺の会社がお昼時に入ったのか新たな客が入って来た。 「アイリッシュ・ハロウィン・メニューはありますか?」 「はい。では、席についてお待ちください」  今日のカフェはすぐに満席になっていった。
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