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 御手洗はその日、仕事終わりに路上ライブを聴きに行っていた。  午前中、会社内で話題となっていてさして興味を示さなかったのだが、披露されたのが『見上げごらん夜の星を』と知り、何か縁があるように思ったのだ。  現在、青年は数人を前にして『クリスマスイブ』を披露しているところだ。 目当ての曲を披露してくれるか定かではなく、御手洗はふと、電話ボックスを見やった。  雪に濡れないよう場所を移したオルゴールは、今も健在だろうか?  曲を耳にしながら電話ボックスを開け、床面に置かれたオルゴールを手に取り安堵する。 最近では殆ど使われなくなったため、あのまま持ち帰ってしまうよりかは良心の呵責は無かった。  いずれこれを探しに来る人がいるだろう。  仮にも残り続けるようなら、御手洗は交番に届ける気でいた。  とかく、一先ずオルゴールを戻そうとした時、 「あの、すみませんっ」  またしてもあの鈴を転がしたような声が、御手洗の耳朶に流れ込んだ。 声が聞こえた方に振り返った御手洗は思わず、息を呑んだ。 「ケーキ屋の……方ですよね」 「えっ、あ、はい。 橘と言います」  呼吸を整えながら簡潔に自己紹介した橘に、御手洗も名乗り返した。 サンタの格好をしていない橘がなぜ自分に話し掛けたのか。 御手洗が戸惑いを表情に浮かべると、橘はほんのり紅くなった頰を手で仰ぎながら、 「さっき持ってたオルゴール……私の、なんです」 「えっ?」 「実はどこかで落としちゃってたみたいで、今日は仕事を休んで探してたんですよ。 交番に行ってみても無くて……」 「そ、そうでしたか。 実は昨夜落ちてるのを見つけていたんですが、大変申し訳ないことをしました」  御手洗は慌ててオルゴールを橘に手渡した。 「わざわざ濡れないようにしてくれたんですか」 「ええ。 ですが、早く交番に届けるべきでした」 「いえ、良いんです」橘は薄く微笑む。「たったいま気分晴らしにここに来たら、オルゴールも見つかった上に目的の曲も聴けそうですからね。 結果オーライです」 「目的の、曲」  御手洗がはっとして青年の方を向けば、彼はまさに『見上げごらん夜の星を』のイントロを弾き始めていた。 「一緒に聴いて行きませんか?」  橘の提案に、御手洗は顎を引いた。 橘はにこりと微笑むと、 「因みにケーキは買って頂けますか?」  ここでその話を出すか。  しかし御手洗は、昨夜のように突っぱねるようなことはしなかった。  首元を掻きながら、気恥ずかしげに呟く。 「改めてチラシを頂いてもよろしいですか。 たまには甘い物も食べてみたいもんです」  半分、オルゴールの罪滅ぼしもあった。 「わぁ、ありがとうございますっ」  橘の浮かべた無邪気な子供のような笑顔は、イルミネーションライトで更に輝いた。  思わず御手洗が視線を逸らした先、ギターケースの横に設置された看板が目に入った。 『新鋭のカバー歌手、青木。 来月全国デビュー』  郷愁的な音色がここに居る者全ての鼓膜を震わす。  三人の運命を動かした曲が、研ぎ澄まされた静寂の中に響き始めた。
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