2杯目

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 連れてこられたのは、どうやら飲食店のようだった。  看板をみて、お酒を扱う店なのだと察する。木の扉を開けると、オシャレな間接照明が店内を照らていて、大人の雰囲気だ。  薄暗い店内に不安を隠し切れない菜摘は、そわそわと周りを見渡した。  ……お客さんは、だれも居なかった。  時間はまだ18時くらいだから、お店が混むのはこれからだろう。 「おー、杏莉。まーたピアス増えてるじゃーん」  店員が杏莉に馴れ馴れしくそう声をかけてきた。「可愛いやろ~」と目元を指さしながら杏莉が笑う。  暗くて気づかなかったが、目元に丸いボールのようなピアスが付いていた。どうやら最近開けたものらしい。 「いつものでいい?」 「この子は初めてやからジュースにしたってー」  杏莉はそう言いながら、一番奥の席に座った。  半円形のソファーと、真ん中に丸いテーブルが置いてあって、菜摘はソファーの奥に押し込まれる。  きっと菜摘が逃げないように、通路を塞いだのだろう。  用件が済んだら帰してもらえるとは思えないから、なんとかスキを見て逃げなくちゃ。  そんなことを考えていると、杏莉が菜摘をじーーっと見つめてきた。  まさか、逃げようとしてるのがバレてる?  どきどきしながら、目を合わせないように自分の太腿へ視線を落とした。  ぎゅっと握った手が、緊張してカタカタと震えていく。 「ウチなぁ、菜摘くんともーっと仲良ぅなりたいんよ。だからぁ、今日は歓迎会や」  杏莉が話し始めるのと同じタイミングで店員が飲み物を運んできた。菜摘の前に置かれたオレンジジュースは、グラスのふちにオレンジと花が添えてあり、とてもオシャレで可愛い。  他のメンバーにもそれぞれオシャレで綺麗な飲み物が運ばれてくる。 「そんな緊張せんでええよ。菜摘くんはカゴメくんのパートナーなんやし、うちらの家族みたいなもんやん」  続けて運ばれてきたのは、ローストナッツの盛り合わせ。  すかさず杏莉がアーモンドをひとつ摘まむ。  それから、杏莉が自身の家族観や恋愛観を語りだして、結婚式は派手にやりたい、とかそういう夢を話し始めた。 「子供が生まれたら、4人で暮らすのとかも面白いと思わへん?」  そんな話の流れで、杏莉は菜摘に向かってそう言った。  菜摘がカゴメへ抱く感情を知っていて言っているのだろうから、質が悪い。  カゴメと杏莉とその子供と一緒に生活なんて、絶対無理だ。 「こども……」  そして、『子供』という言葉が引き金になったのか、菜摘の脳内にフラッシュバックしてきたのは、この前のバックヤードでの出来事だ。  あの杏莉の浮つくような声を思い出し、吐き気に襲われてしまう。  だけど、傷つく菜摘を面白がっているのか、杏莉の口は止まらない。 「ウチとカゴメくんの子供とか、絶対可愛いやん! 今からちょー楽しみやわぁ」  クスクスと笑う杏莉の声が耳に障る。  今、このタイミングでこんな話をしてくるのは、もしかして……  あの日、菜摘が聞き耳を立てていた事を、杏莉は気づいていた…?  わざと菜摘に聞こえるように甘ったるい声で鳴いていたのではないだろうか。  頭で色々な事を、ぐるぐると考えて。  苦しくなる胸を押さえながら、吐き気を必死に抑え込む。  そのうち、眩暈もしてきて……、もう、限界がきてしまった。
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