1杯目

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「いらっしゃいませ〜」  そこは、小さなアクセサリーショップだった。  小さなビルの1階。戸もなく広げられた店先にシルバーアクセサリーがギラギラと光り輝いている。  黒髪の少年:三鳥(みとり) 菜摘(なつみ)は、初めてその店を訪れた。私立中学校に通う菜摘は、1年生ながら生徒会に属すほどの真面目な生徒である。  オシャレでも派手でもない中学生がこんな店を覗くなんて場違いだ、と自分でも感じていた。  『待ち合わせの約束』をしてなければ、訪れる事はなかっただろう。  ドキドキしながら店の中を覗いていると「なにかお探しですかぁ?」と店員さんに声をかけられた。  まさか声をかけられるとは思っていなくて、菜摘は肩を跳ね上がらせる。 「い、いえっ、探してるっていうか、その……」 「プレゼントですか?」  声をかけてきたのは、女性の店員だった。くしゅくしゅと編みおろしにされた黒茶髪に、インナーカラーの緑色が目を惹く。  耳にはシルバーアクセサリーがついており、更に右耳には向こう側が見えるくらい大きな穴が空いていて、菜摘は驚いた。 「か、かごめくん…いますか……!」  驚いて目を奪われながらも、菜摘はそう尋ねる。  すると、透き通った若葉色の瞳がくるっと大きくなって「ああ、」と声を漏らした。 「カゴメくんね。ちょっと待っとってー」  女性は店の奥に行き、バックヤードと思われる部屋へ向かって「カゴメくーん!」と名前を呼んでくれる。  少しして、店の奥からハーフアップにされたオレンジ髪の青年が、姿を見せたのだった。 「いらっしゃい、なっちゃん」  シトリンのようなきれいな瞳が、菜摘の黒を見つけ細まる。  白いシャツに黒いパンツというシンプルな恰好に、大きめのシルバーのペンダントトップとマディソンがきらりと光っていた。  自分とは全く違う世界の人みたい……。  菜摘はドキドキする心臓を隠す様に、カバンを抱きかかえながら「お、おつかれさま……」と呟いた。  このショップの店員であり、近隣高校の2年生である東苑寺(とうえんじ) カゴメは、菜摘の特別な人である。  知り合ってまだ数か月ちょっと。  今日はカゴメが「遊びにおいでよ」と声をかけてくれた為、初めてショップを訪れたのだった。  カゴメに招かれ、おそるおそる店内へ足を踏み入れると、木の床が少し軋んだ音がして。ドキドキしながら店内を見渡すと、そこには菜摘の知らない世界が広がっていた。  薄暗い店内。だけど、スポットライトと間接照明に照らされて、商品棚や壁にかけられたアクセサリーがきらり、きらり、と菜摘の目を奪っていく。  ひとつひとつ磨かれたそれは、まるで宝石のようだった。
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