1杯目

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 「ちょっと待っててね」とカゴメが言って、バックヤードに入っていく。  カゴメを待っている間、菜摘は店内のシルバーアクセサリーをひとつひとつ眺めた。大きなペンダント、ごつい指輪、シンプルなピアス、デザインは多種多様だ。 「おまたせ、なっちゃん」  ぼおっと商品棚を眺めていると、間もなくしてカゴメが戻った。  帰り支度を済ませて……といってもただカバンをひとつ持ってきただけなのだが、大きなペンダントは外してきたらしい。 「もう帰れるの?」 「うん、今日はもう上がりっすから」  カゴメは店先に出ていた女性店員に「おつかれさまっすー」と声をかける。  女性店員はニコニコと笑みながら、くしゃくしゃの三つ編みを揺らし、こちらを振り返った。 「おつかれさまー。なぁなぁ、その子もしかして弟??」  弟?  と菜摘が少し首をかしげて、すぐに自分の事だと理解した。  どうやら彼女は、菜摘の事をカゴメの弟だと思ったらしい。 「めっちゃめちゃ可愛いやーん! さっきから気になっとったんよ~! あ、ウチ、嵯峨(さが) 杏莉(あんり)! よろしくぅ」 「あ、えっと、三鳥菜摘、です」 「礼儀正しぃなあ! 何年生? どこの学校? お兄ちゃんのお迎えにきたん?? あんま似てへんけど可愛い~!」  杏莉は明るくて元気のいいしゃべりでこちらに話しかけてきて…圧倒された菜摘は、思わずカゴメの後ろに隠れた。 「杏莉ちゃん。この子は弟じゃないっすよ。苗字違うっしょー」 「あ、そうやった? ごめんごめん。じゃあ、もしかしてカゴメくんの新しいSub? なんかそれっぽい可愛い顔やもんなぁ」  Sub……それは第2性の一種だ。  この世界には、男女以外に力量関係を表す『ダイナミクス』という第2性がある。  『Dom(ドム)』は支配欲を持つ性で、  『Sub(サブ)』は従属欲を持つ性だ。  男女とは別に存在するこの性は、丁度思春期を境に精通し、それぞれの欲を本能的に満たそうとする。  全世界の人口の半分がダイナミクスを持つと言われていて、逆にダイナミクスを持たない人は『Norma(ノーマル)l』と呼ばれていた。 「ぼ、ぼくは、Domです……!」  杏莉の言葉を訂正するように、菜摘が答えた。だけど、杏莉は「可愛い冗談やな~」なんておかしそうに笑いだす。  それが少し悔しくてムッとした菜摘は、頬を膨らませながら杏莉を睨みつけてしまって……。  その瞬間、カゴメがハッとして菜摘の目を両手で押さえた。 「なっちゃん、グレア出てるっすよ!」  『グレア』と呼ばれるそれは、Dom特有の眼力だ。  相手をひるませたり、威嚇として放つことが多いグレアだが、Domとして未熟な菜摘はまだコントロールができない。  今もただ睨んだだけなのに、グレアがどっと溢れ出してしまっていた。
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