1杯目

4/6
前へ
/23ページ
次へ
 そんな光景をみた杏莉は、『菜摘がDomである』という事実を目の当たりにして驚いていた。  後に聞いた話だが、杏莉はノーマルで、グレアの影響は受けないそうだ。 「うっそー、ほんまにグレア放ったん?」 「ご、ごめんなさい、わざとじゃ……」  早くグレアを止めなきゃ。と菜摘が深呼吸をする。  カゴメも杏莉に「まだコントロールが出来てないんすよ」と言い訳をしてくれていた。 「んーと? つまり、この子にグレアのコントロールを教えとる、てこと?」  どうしても、菜摘とカゴメの関係が気になるらしい。  そんな杏莉の問いに、「いや、」とカゴメが否定した。 「この子は、俺のパートナーっす」  数秒の間があいて、「えーーー!?」と大げさに驚いたような杏莉の声が店内に響いた。  店の外を歩く人もこちらを振り返る程の大声に、菜摘の身体がびっくりして跳ねあがる。  同時に、目を覆っていたカゴメの手が離れて、菜摘の視界を明るくした。  もう、グレアは止まったかな……。  そうビクビクしながら杏莉を見上げると、透き通った若葉色の瞳が目の前に迫っていて、大きく見開かれたまま菜摘を覗き込んでいた。 「嘘やん…、ガチ? こんな子供が? しかもDomって……カゴメくんSwitchやろ?」  本気で驚いたらしい杏莉のリアクションに、カゴメは「まあね」と返す。 Switchは両性。支配欲と従属欲を併せ持った性である。  ふたつの性を自分で切り替える事ができるSwitchは、圧倒的にDomを装う人が多い。  Subに成り下がるような事を好むSwitchは稀なのだ。 「この子と居る時限定でSubなんすよー。可愛いっしょ、俺の主人は」  カゴメはでれでれと頬を緩ませながら、菜摘の頭をわしわしと撫でまわす。『可愛い』とカゴメに言ってもらえたことが少し恥ずかしくて、菜摘は頬を赤く染めた。  杏莉を驚かせてしまったみたいだけど、パートナーとして紹介されるのは嬉しい。  でもなんだか視線が気になって、杏莉を見上げると……バッチリと視線がぶつかる。  その瞬間、菜摘はゾッと背筋を震わせた。  「そうなんやぁ」と呟く杏莉の、その瞳が……全く笑っていない。冷たい視線にビクッと小さく身体を揺らすと、カゴメに顔を覗き込まれた。 「どうかした?」  ハッとしてカゴメを見上げて、それからもう一度杏莉へと視線を移す。  だけど、すでに杏莉の表情は明るい笑みに変わっていた。  ……見間違い、だろうか?  菜摘は「な、なんでもない」と素っ気なく答えて、それからカゴメの服の裾をぎゅうっと握りしめた。 「緊張してるみたい。ごめんね、杏莉ちゃん」  そんな菜摘をカゴメがフォローをしてくれて、杏莉が「ほんまやねぇ」とおかしそうに笑った。  それから、カゴメの陰に隠れた菜摘へと手を差し出す。 「ま、仲良ぅしてやー」  無理矢理、シャツの袖を握っていた菜摘の手を上から握ってきて。  隙間に手を滑り込ませ、握手を強いられたのだった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

283人が本棚に入れています
本棚に追加