1杯目

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「こんなこと言うてたって、カゴメくんには言わんといてや。ウチが独占欲強い女みたいで嫌やもん。言ったら承知せぇへんで?」  強い口調に威圧され、菜摘はただ頷くことしかできなかった。  こんなにも女の人が怖いと思ったのは初めてだ……。  杏莉はその後、店頭から声がかかってバックヤードから出て行った。  菜摘は部屋の隅っこに立ち尽くしながら、杏莉に言われたことを頭の中で整理していく。  そして、カゴメに対して恋愛感情を持ってはいけない、と自分に言い聞かせたのだった。  数分後、仕事を終えたカゴメがバックヤードに入ってきた。  「おまたせ」と優しい笑みをくれるカゴメに、菜摘の胸がぎゅっと苦しくなったのを感じる。  こんなに優しくしてくれてても、彼の恋人は杏莉なのだ。  勘違いしてはいけない。  今思えば、カゴメはみんなに優しくて、いつも笑顔だ。 (僕は、特別じゃない。浮かれちゃダメだ……)  杏莉には色々口止めされたけど…でも、少しくらいなら、彼女の話題をしてもいいだろうか。  菜摘は恐る恐る口を開いた。 「……か、彼女、いい人?」  一瞬、カゴメがキョトンとして…それから「ああ、杏莉ちゃんのこと?」と言い、頬を緩ませる。 「あの子は、明るいし元気だし接客も上手いから、お客さんからも人気なんすよ。なっちゃんにとってはお姉さんって感じっすかね」  杏莉を『お姉さん』と形容したのを聞いて、カゴメにとって菜摘は弟のような存在なのだ、と確信してしまった。パートナーにはなれたけど、結局、子供扱いなのだ。と再び気持ちが落ち込む。  そんな菜摘の気持ちを知る由もなく、カゴメは帰り支度をしながら話を続けた。 「なっちゃんも気軽に『杏莉ちゃん』って呼んであげてね」  杏莉相手に『気軽』なんて難易度が高いけれど……  変な心配をされたくなくて、菜摘は「うん」と返事をしたのだった。 *  菜摘には、双子の弟がいる。  名前は、或斗(あると)。  同じ私立中学に通っており、普段は登下校を共にしていた。  だけど互いにパートナーができてからは、下校時刻になっても待ち合わせることはなくなった。  少し寂しいけれど、家に帰れば会えるし、パートナーに時間を割くのは自然なこと。  だから、別に不満はなかった。  帰宅すると、或斗はいつもパートナーの話をする。  朝比(あさひ) 美津也(みつや)、という高校3年生のヤンキーで、カゴメの先輩だ。  「今日、美津也さんとね、」と嬉しそうに頬を赤らめる或斗の話を聞いていると羨ましく思う。同時に、朝比に大事にされているようでよかった、と安心した。  相槌を打ちながら或斗の話を聞いていると、突然「菜摘は?」と名前を呼ばれた。 「……え?」 「何かないの? カゴメさんの話とか」  「かーくんのはなしねー……」と語尾を伸ばしながら、思考を巡らす。  カゴメとはただのパートナーであって、恋人じゃないし。  彼には、杏莉という彼女がいるみたいだし。  その杏莉に目を付けられちゃったみたいで、困ってる。  ……なんて、幸せ真っ最中の或斗には、言えなくて。 「なんも、ないかな」  余計な心配は、かけなくていい。  そう思って、菜摘は或斗に笑顔を向けたのだった。
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