2杯目

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 心が、酷く沈んでいる。  その日は、放課後になっても教師の言葉が頭から離れなくて…、菜摘は癒しを求めてカゴメのお店へと向かっていた。  生徒会の仕事もあり、学校を出たのは遅い時間で。もう空が藍色と橙のグラデーションに染まっている。  会えるだけでいい。  声が聞けるだけでもいい。  忙しそうなら、姿が見れるだけでもいい。と思っていた。  最寄駅から徒歩5分ちょっと。  大きな通りから少し奥に入ったところにあるアクセサリーショップ。  今日もキラキラと輝くシルバーアクセサリーが店先に広げられていた。 「や、菜摘くん。カゴメのお迎えかい?」  店先から中を覗いてみると、そう声をかけられた。  声の主は、このショップの店長:帆塚(ほつか)である。  赤い短髪と首元から見えるタトゥーの所為でかなり怖い印象だが、身内に優しい彼は、菜摘にも笑顔で接してくれていた。 「約束はしてないんですけど、寄ってみました。……まだ居ますか?」 「ああ、バックヤードにいるよ。杏莉ちゃんも一緒さ」  ドキ、と。  その名前を聞いただけで緊張が走った。  帆塚に悟られないよう「そうですか。」と平常心で答える。 「バックヤード、入っていいからね。俺はレジ(ここ)から離れられないし、菜摘くんはウチのスタッフみたいなもんだから」  レジはお店の出入り口のところにあって、バックヤードは奥。  御自由にどうぞ、というスタイルはかなり歓迎されているようで嬉しい。  でも『中学生がバイトをしてる』とか誤解を招いて、学校に通報されたら嫌だな。  ……なんてことを思いつつも、菜摘はバックヤードに向かった。  ドアノブに手をかけて、こっそりと中を覗いてみる。 「ッア! あかん!!」  途端、杏莉の声が聞こえて、菜摘は動きを停止させた。  その声が自分に向けられているのかどうかわからなくて、思わず息を潜める。ドアは隙間しか開けられず、誰の姿も見えないのだが……しかし杏莉の声が再び聞こえてきた。 「ンっ……ふ、ぅぅ…あっ、ああっ」  今度は、かなりハッキリと甘い嬌声が聞こえて。 「そんな声出しちゃ駄目っすよ。我慢して」  カゴメの優しい声が、杏莉を諭しているのが窺える。  すると、杏莉は甘えたような声で「だってぇ」と語尾を伸ばした。 「だって怖いんやもん、ああっ、待って、あかんってぇ」 「嫌ならやめるっす」  ……なにをしてるんだろう、なんて。  考えなくても分かった。  考えたくもなかった。  恋人同士が、ふたっりきりですること。  そんなの、ひとつしかない。 「だいじょうぶ、やめんで……っ」 「じゃ、いれるっすよ…?」  嫌だ。  嫌だ。  こんな甘い声、聞きたくない。 (嫌だ、こんなの)  聞きたくないのに、この場から動けない。  杏莉の熱い吐息までもが、菜摘の耳に届いた。 「逃げちゃだめっす。動かないで」 「ひ、んぅッ! ン、痛、ぁあーー〜〜ッ!」  我慢する気なんてない、アダルトな声が響く。  もう、手の震えが止まらなかった。  胸が苦しくて、息ができなくて。  ここにいることに限界を感じた菜摘は、音を立てないように速かに扉を閉め……帆塚に「忘れ物したので帰ります」と早口でいいながら、全速力で走り出したのだった……。
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