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「母上のところへ行く!!」
「なりませぬ!! あさの様の部屋はここより門に近いのです!!」
「離せ!! 離さぬと斬るぞ!!!」
廊下へ出ようとする尚親が侍女と揉み合っていると、外から急速に近づく足音が聞こえ、二人の身体は硬直した。
(賊がもうここまで!?)
再び居室へ隠れようと二人がもたついているところへ、目の前の廊下と外を隔てる木戸が勢いよく開けられた。
「うわぁ!!!!」
「尚親様! ご無事ですか!?」
「な…何じゃ、通孝か……」
それまで張りつめていた緊張が、穴の開いた風船のごとく急速にしぼむ。それは尚親を咄嗟に庇った侍女も同じで、通孝を見た途端にヘナヘナとその場へ崩れ落ち、深い安堵の息を漏らした。
「通孝殿、尚親様を頼み申します」
「そなたはどうするつもりだ?」
「私は、あさの様のところへ」
「承知した」と言って侍女がその場を離れると、通孝は尚親の手を取り庭へと導く。
「どうなっておる? 一体……」
「拙者にも何が何やら。ですが、城門で下男が一人殺されておりました。ただ事ではございませぬ」
「何…だと……」
尚親の脳裏で、先程聞こえた悲鳴が再生された。きっとあの声の主達も、すでに命は無いのだろうと。
「ここから尚盛様の居室は近かったですよね?」
「あぁ。あの渡り廊下の向こうが父上の居室だ」
「とりあえず尚盛様のところへ参りましょう!」
屋敷から聞こえる物音と悲鳴が、まだ門からそんなに離れていない場所から聞こえている。尚盛の居室がある邸の最奥まではまだ、賊は来ていないと踏んでいた。
運良く尚盛と合流出来れば、事の次第を説明でき、対策を練る事も出来るかもしれない。もしくは尚盛自体が、この事態について何か知っているのやも。
城門の異常を目の当たりにしてから、賊に居場所がばれぬようにと通孝は持ってきた提灯の火を消していた。今宵の月は消え入りそうな程の細い三日月、月明りも殆ど頼りにならない。夜闇に紛れながらも二人は、庭から上地当主尚盛の居室へと向かった。
「父上! 居りますか!?」
「尚盛様!」
二人は小声で呼んだ。木戸を慎重に横へ引き、廊下に上がって居室の襖をコンコンと叩く。すると抜き身の刀を手にした尚盛が、ゆっくりと襖を開けて廊下を窺うのが見えた。
「尚親に……通孝!? お主ら何故ここに居る!?」
「父の通好に命ぜられて馳せ参じました。賊が城へ向かうのを見たという情報を得ました故」
「通好がか? 他には何と言うておった?」
「『何としても尚親様をお守りせよ』と。あと、家臣を集めて父上もこちらへ向かうと申しておりました」
「そ、そうか……」
(尚盛様? 何か様子が変だ……)
通孝は尚盛の態度に違和感を覚えた。尚盛にとって、自分がここに居ることと父の言動が、まるで予想外であったかのような……。
しかしそれを問い質す間もなく、段々と迫りくる悲鳴と破壊音が尚盛の重い口を開かせた。
「これは恐らく……謀反かもしれぬ」
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