2.上地谷の異変

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「謀反!?」 「謀反とはどういう……」 「今は説明をしている暇はない。良いか通孝。賊は儂だけでなく、尚親の命も狙うだろう。尚親を連れて北へ逃げよ」 (北!?) 「これより北は、人里は無く山ばかりですが……」 「そうじゃ、山を越えよ。今のところ儂にも謀反の首謀者が誰なのかわからぬ。とにかくどこに手を回しているかわからぬうちは、上地家内、ひいては今川領の誰にも助けを乞うな。弟の尚満(ひさみつ)にもじゃ!」 (尚満様も!?) 「通孝、賢いお主なら尚親を必ず守れると信じておる。無事に逃げ延びたら寺を頼れ。そして僧に頼んで涼淵寺(りょうえんじ)北渓(ほっけい)宛てに文を送るのだ。頼んだぞ!!」 「ぎょ、御意!!」  涼淵寺とは上地谷にある上地家代々の菩提寺(ぼだいじ)だ。そして、その寺の住職は北渓和尚が務めている。涼淵寺は代々、上地家所縁の者が住職を務めており、この北渓和尚もまた、尚盛・尚満兄弟とは従兄弟(いとこ)という間柄であった。 「父上! 父上は一緒に逃げないのですか!?」 「尚親……武士は敵に後ろを見せてはいかんのだ」 「では尚親も……」  そう言って腰の刀を抜こうとする小さな腕を、父が掴んで止めた。 「尚親。お主にはお主の役目がある。必ず生き延びよ。生きてこの上地家と上地谷を守るのだ。それがお主にとっての役目、敵に後ろを見せぬということだ」 「ち、父上ぇ……」 「父は必ずお主が戻って来られるようここで戦う。父とお主、二人でこの上地を守るのだ。よいな?」  滲み出す涙を拭い、尚親はコクリと頷いた。そして、隣に立つ通孝の手を握る。 「頼むぞ通孝! 尚親!!」 「「はっ!!」」  身の丈に合わぬ運命を背負ってしまった主君の小さな手をギュッと硬く握り、通孝は闇夜を駆けた。そのまだか弱き二人の背を見送りながら、当主尚盛は覚悟を決める。  嫡男が無事上地谷を抜けるまで、時を稼がねば――と。
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