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「倉下さん、続けてください」
「は、はい。それでは……『応仁の乱』というのをご存知でしょうか?」
「名前は聞いたことある程度で……先輩は?」
「俺? 俺は……『京都で起こったクーデター』ってくらいにしか」
「応仁の乱というのは室町時代に起こった戦で、その時の足利将軍が政治を顧みない人だったので、後継者争いが元で大きく長い戦になったって言われてる。その戦ではとても大きな犠牲を出して、足利幕府の権威が失墜したんだ。だから各地を治めていた武士達が幕府の言うことを聞かなくなった。これが戦国時代の引き金になったとも言うよね」
現代に置き換えて想像してみる。幕府が国であり現在の国会とするならば、地方を納める武士(戦国大名)というのは、都道府県であり知事をトップとする県議会というところだろうか。国会の権威が失墜し、それぞれの都道府県単位でその場所を統治する。都道府県の単位そのものが国となる感覚かもしれない。
「駿河を治めていた今川氏は足利将軍家の血を引く名門で、室町時代は代々今川家がこの辺りを統治していたんだ。その力は、戦国時代に今川義元が当主となった時、絶大になったって言われてる」
「駿河・遠江・三河の三カ国支配ってやつだな」
「じゃあ私達の調べようとしてる前世の時代っていうのは……」
「義元が当主の時か、或いはその先代の氏親が当主の頃だと思います。1560年が桶狭間の戦いなので、1500年以降から1560年までの間の出来事ではないかと」
(そこまで調べてたんだ!?)
驚嘆すると共に胸騒ぎを覚えた。そこまで調べた動機が先輩と同じく、何度も同じ夢に苛まれたからではと思ったからだ。そして倉下さんが苛まれた夢は、恐らく尚親の……
「智ちゃん凄ぇーな。もう『智ちゃん』とか呼べねーな……」
「いや、最初から呼んじゃ駄目ですよ。目上の方に!」
「ハハハ。別に僕は何と呼ばれてもいいんですけどね」
「倉下さんも倉下さんです!!」
つい声を荒げると、倉下さんから「へっ!?」という変な声が出る。
「前世は側近の通孝でも、今は倉下さんなんですよ? 私の家来でも何でも無いんだから、私にばかり恐縮しないでください!」
「そ……そうでした?」
「そうでした!!」
「確かに直緒にだけ敬語だよな。あ、そっかぁ! 直緒は倉下にずっと敬語使われて距離感じてたんだな? 可愛い奴め」
そう言って先輩は、後ろからわしわしと私の頭を乱暴に撫で回す。「先輩は最初から距離が近すぎです!」と、微力ながら抵抗した。
「ごめんなさ……ごめん。無意識だったんで……だったんだ。じゃ、じゃあ、呼び方から変えてもいいで……いいかな?」
一生懸命敬語をやめようと頑張っている倉下さんに、思わずプッと吹きながら「いいですよ」と許可を出す。
「皆みたいに僕も下の名前で呼んでいいかな? ……『直緒ちゃん』て」
「え?」
「おいっ! 調子に乗んなこのロリコン野郎が!! あっ、こいつ今自分で言っておいてニヤニヤしてやがる! 本っ当気持ち悪いな!!」
隣を覗くと、確かに倉下さんの鼻の下が若干伸びているような気がした。やれやれと思ったその時、後ろから音もなくスルッと倉下さんの首に手が巻きついて、そのまま首を絞める。
「ぐ……ぐるじぃ……」
「ちゃん付けは俺もどうかと思うッスよ? 倉下さん」
「ご…ごめ……」
「起きてたんだ!? 三沢君」
「ずっと起きてましたよ、先輩」
「嘘つけっ! てか、もうやめろ!! 事故る事故る事故る!!!」
高速上で車が蛇行し始め、慌てて私と先輩は三沢君を宥めた。そんなこんなの道中を経て、私達を乗せた車はいよいよ目的の上地谷へ到着しようとしていた――
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