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「それでも、それは先輩のせいじゃ無いですよ。尚親は先輩の前世かもしれないけど、それは尚親のした事であって、先輩のした事じゃないです」
三沢君はハンカチを取り出して、私の前に差し出した。一方、浅井先輩は何も言わずにただじっと、私を見つめている気配がする。
先輩が何も言えないでいるのはきっと、かける言葉が見つからないからだろう。夢に苛まれているという点で言えば、倉下さんと先輩はよく似ている。
先輩は前世の夢に苛まれているのを、半分は尚親のせいにしていた。だから私に前世の真相を突き止めろと迫ったのだ。三沢君のように倉下さんの事が私のせいじゃないとは、自分のしている事と矛盾してしまうから口が裂けても言えないはずだ。
それでも慰めたい気持ちだけはあるのか、先輩は何も言わずに私の頭を優しく撫でていた。私は二人の優しさに「ありがとう」とだけ返して、ただただ気の済むまでむせび泣く。
辺りは陽が暮れ始め、北側に連なる山々が段々と闇色に姿を染めた頃、浜松駅行きのバスがこちらに向かって走って来るのが見えた。到着したバスは後方の扉を開け、先輩と三沢君が順に乗り込む。私はそれには続かずに、その場から二人を見上げた。
「直緒先輩?」
「私……やっぱり倉下さんのところへ戻ります」
「え!? 何で!?」
「今日中に帰れなくなりますよ!?」
「うん、わかってる。それでも私……」
昇降口で会話している私達に気づいてか、バスの運転手がクラクションを一つ鳴らし「出発します」とアナウンスした。
三沢君は「直緒先輩!!」と叫んで手を伸ばしたが、私は一歩後ろに下がり、目の前で扉は閉まった。そしてバスは容赦なくその場から発車する。一部始終を見守った私は、来た道を引き返し始めた。
(今夜は倉下さんの傍に居たい)
固い決意を胸に、小走りで博物館へと向かうのだった。
*
バスが発車すると響介は、未だ昇降口付近で肩を落とす三沢に座席へ座るよう促した。幸いそのバスには他に二三人の乗客しかおらず、別段彼らを気にする素振りも無い。
「浅井先輩は直緒先輩が心配じゃないんスか?」
「心配っつったって……倉下のところへ行くだけだろ?」
「倉下さんだって男ッスよ!?」
三沢の必死な様子に半分呆れながら響介は答える。
「男っつったって所詮アイツだぜ? あんなに弱ってたじゃねーか。まかり間違って部分的に元気になったとしても、あの二人の前世は主従関係だぜ? アイツに何かできるとは思えねぇけど」
そう言われて半分納得しかけた三沢だったが、何度か見てきた倉下の妙な微笑みを思い出し、身震いする。
「でも何か心配なんだよなぁ……」
そんな二人を乗せたバスは、夕闇の中黒い煙を吐きながら、真っ直ぐ浜松駅へと向かうのだった。
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