1.直緒の企み

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 倉下さんの運転は非常に優しく、安全運転だった。大人の男性と付き合ったらこんな感じなのかな……と、少し憧れを感じてしまうけれど、すぐに頭をブンブンと振る。  『彼氏が運転できる』というのは、女子高生にとって魅力的なステータスではあるけれど、それだけで相手を好ましく思うのはあまりにも安易だ。 (それに倉下さんは、『コンビニ号泣男』だしね)  初めてコンビニで出会った瞬間、倉下さんは大量の涙を流していた。前世を思えば確かに、私自身も側近だった通孝の前世を持つ倉下さんに出会えたのは、どちらかと言えば嬉しかったけれど…… (人前であそこまで泣くのはどうだろう?)  思い返すと顔から火が出るほど恥ずかしい。  そうこうしているうちに、車はURLで教えて貰った美味しいパンケーキのお店へと到着していた。私の前を歩く倉下さんは、店の扉を開けるとまたその場で立膝を付いて待機する。 「倉下さん!?」 「え? あっ!!」  指摘されてすぐ我に返った倉下さんは、「おかしいな……。あれっ? あれっ?」と、また自分の行動に戸惑っている。彼が何故このような行動をとるのか、私には心当たりがあった。 (これは通孝の習慣だ)  私の前世である尚親に仕えていた通孝は、尚親が部屋の出入りをする際、こうやって毎回部屋の襖の開け閉めをしていたのだ。そしてその襖の脇でこのように尚親が通過するのを待ってから、続いて中に入る。  何度もそんな行動をとる倉下さんを見ているうちに、私の前世の記憶が鮮明に呼び覚まされたのだ。  先程の既視感はまさにこの記憶だった。最初はただの過剰なレディファーストなのかと思っていたが、これが前世の記憶からくるものだとすれば話は少し変ってくる。既に気を取り直して席へと向かう倉下さんとは裏腹に、私には一抹の不安がよぎっていた。  これから倉下さんに提案しようとしていることは、本当に正しいことなのだろうか? と。
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