1.直緒の企み

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1.直緒の企み

蓮之丞(れんのじょう)、今日からお主の守役(もりやく)を務める『加野(かの)通孝(みちたか)』じゃ」  屋敷の廊下で、父親である上地(かみぢ)尚盛(ひさもり)が紹介したのは、まだ幼さが残る(よわい)十二の少年だった。既に元服を済ませた彼は、きりりとした眉で生真面目そうな面持ちをしている。 「お初にお目にかかります、蓮之丞様。これからよろしくお願い申し上げまする」  通孝は礼儀正しく(ひざまず)いて、まだ五歳になったばかりの自分に対し、臣下の礼をとってみせた。上地家の嫡男として、家臣が(かしこ)まる光景は幾度となく見て来たが、大人ではなく自分の歳に近い者が、父ではなく自分に対してのみ服従の意を示したこと自体が、初めての体験であった。  思わず父を振り返る。父は微笑みながら頷くと、「よろしく頼むぞ」と通孝に言った。そしてそれに続くように、 「たのむぞ! みちたかー!」 という大きな声が、自らの口から発せられた。それに対して通孝は、頭を下げたまま「はっ!!」と大きな声で返事をするのだった―― * * * * *  ゆっくり瞼を開き、何度か瞬きする。目の前の天井を見つめながら、今見た夢を反芻(はんすう)しようとした。 「今のは、尚親(ひさちか)の幼い頃の記憶?」  夢の中の自分――上地尚親はまだ、元服前の蓮之丞という名で呼ばれていた。尚親も幼かったが側近の通孝も大分幼い。この夢は、自分の前世である尚親と通孝が初めて出会った頃の記憶なのだと理解した。 (あんなに小さい頃から一緒だったんだ……)  最後に夢で見た通孝は、尚親の最期の記憶だった。苦渋に満ちた顔で慟哭しながら、自分の首に刀を振り下ろす通孝。あの時の尚親が二十代だとしても、こんなに幼い頃から共に居たのであれば、側近である通孝との付き合いは結構長い。 (そうだ!)  ふと名案が閃きかけたところで、机の上のスマホがメール着信を告げた。 『倉下です。先日借りた500円だけど、返す代わりにもし良かったら、パンケーキを奢らせて貰えないかな? 同僚に美味しいお店を教えて貰ったので。(^^)』  メールの主は、先日コンビニの会計でお金が足りなくて困っていたところを助けた、倉下(くらした)智実(ともみ)という会社員だ。最後に顔文字を入れてくる辺りが倉下さんらしい。 (グッドタイミング!)  その顔文字のように顔を緩ませた私は、手早く返信を打った。 『いいですよ。お店の場所はどこですか? 二時頃あのコンビニで待ち合わせでいいですか?』  すぐに倉下さんから『了解』の返事と、お店のサイトURLが送られてきた。それを確認すると私は、そのURLをコピーして二件のメールに貼り付けるのだった。
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