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4.尚親と通孝
「はぁ……、はぁ……はぁ……」
険しい山道を息を切らせて登っていく。ただひたすらに前を向いて。後ろから追手がいつ追いつくのかわからない。今のうちに距離を稼がなくては。
麓の民家に忍び、事情を話して着物を交換して貰った加野通孝と上地尚親は、一見すれば猟師と見まがう服装へと姿を変えた。追加でわらじと蓑と笠も二人分譲ってもらう。交換した通孝の着物を加野の屋敷に届ければ、いくらか謝礼を出すという文を付けると、その家の主人は快くそれらを譲ってくれた。
「かたじけない」
「滅相もねぇです。加野様のお頼みとあれば」
加野家の名はそれなりに上地谷で名が通っている。領内の検地、年貢の徴収や触書など、上地領内の行政は加野家が取り仕切る場面も多いからだ。
「だが、この着物を持って加野家を訪れるのは、必ず五日以上経ってからにしてもらえるか?」
「へぇ……それは構わねぇですが……」
(父上に消息を知らせるのは、無事尚親様と上地谷を抜けてからの方がいいだろう。謀反の首謀者がわからぬうちは、父上への連絡も避けるべきだ)
「しかしこの山を越えるたぁ、よくよく気を付けてくだせぇ。危ねぇ獣も出る。安全に行くなら峰伝いに行くとええです」
そう言われて通孝と尚親は今、必死に山頂を目指して山肌を登っていた。木々が覆い茂っているせいか、まだ辺りはかなり薄暗い。これでも夜が白々と明けるまで、麓の民家で休ませて貰ったのだが。夜中に山中へ逃げ込んでも、それはそれで危ないと判断したからだ。
(尚親様を必ず、生きて逃がさねばならぬ)
道無き道をなるべく安全だと思う足場を選び、登っていく。「はぁ……はぁ……」という小さな吐息がかなり下の方から聞こえて、通孝は立ち止まった。振り返れば、歩幅のせいか体力差のせいなのか、大分下の方で尚親が登るのに難儀している。
「尚親様、大丈夫ですか?」
「大事ない。案ずるな」
「それでこそ男の子。上地の次期当主です」
そう言いながらも、もしかしたらと思っていた。
(もう次期ではないのかもしれない……)
尚親の父である上地当主尚盛の態度は、死を覚悟したものだった。そしてあの賊が単なる賊ではなく、謀反なのかもしれないとも。
当主には何か心当たりがあったに違いない。あの後、家来衆を集めた父の通好は、主君を守ることが出来たのだろうか。
考えても答えの出ない事を延々と頭に巡らせながら、それを振り切るように足を前へ押し出した。とにかく今は尚親様を安全な場所へ、いち早く連れて行かなければならないのだと、自分自身に言い聞かせるように。
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