5.二人だけの夜

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5.二人だけの夜

 倉下さんの瞼が薄っすらと開いた。何度か瞬いた後でしっかりと瞳を開くと、真っ直ぐに見える博物館の天井をじっと見つめていた。そして視線を少し横にずらし、すぐ傍で顔を覗き込んでいる私の存在に気付く。 「倉下さん、目が覚めましたか?」 「直…緒……さん?」  私が見下ろすこの状況について、倉下さんは自分が枕にしているものの存在を確かめるように、私の膝や腿にそっと触れた。ムニムニとした弾力や生暖かさで、やっと私が倉下さんを膝枕しているのに気づいたのか、急に素早く上体を起こす。 「あれ!? 何で直緒さんが僕に膝枕を!?!? ……そうだ、具合が悪くなって皆と別れて……って、あれ? 直緒さんは皆と帰ったんじゃ……」  混乱気味で慌てる倉下さんに、不謹慎にも吹き出すのを抑えながら、私は浅井先輩と三沢君だけがバスで帰ったこと、自分だけ戻ってきて博物館のベンチで寝ていた倉下さんを今の今まで膝枕していたのを伝えた。 「倉下さんだけ置いて帰るなんて、できないから」 「え……」 「具合はどうですか? おでこを少し触っても?」  そう言って倉下さんの少し湿り気のあるおでこへそっと触れる。少し驚いたようだけど、私が熱を感じるまで彼はそのままじっと動かないでいてくれた。 「熱は無さそうですね。さっきの倉下さんは凄く青白い顔してましたけど。今は逆に赤みが差してきてる」 「え? あ……そうかな? あははは……帰ろうか」  何かを誤魔化すようにそう言うと、その場に立ち上がった。急に立ち上がったせいで目が眩んだのか、体を若干よろつかせている。私はすかさず、倉下さんの倒れかけた身体を横から支えた。 「本当に大丈夫ですか? もう少し休んだ方が……」 「大丈夫。大丈夫だから……」  そう言って彼は、何故か私の方を見ないで手の平だけを見せた。心配しながらも、支えていた彼の身体からゆっくりと離れる。 「じゃあ、行こうか」  やっとのことで私達は、郷土博物館から外へ出た。日は既に暮れていて、腕時計の時刻は午後六時二十二分を指している。 「うわ!? もうこんな時間なんだ。僕、結構ここで寝たね!?」 「はい。ちなみに閉館時間はとっくに過ぎてたり……」 「え!?」  振り返ると、博物館の明かりが次々と消され、最後の職員が建物からいそいそと出て来るのが見える。 「僕が出るのずっと待っててくれたんだ……悪いことしちゃったな」 「代わりに謝っておきましたから、心配しないでください。それより、倉下さん少しだけ運転は出来ますか? ここに行こうと思うんですけど」  そう言って私はスマホに表示した地図を見せた。その中心部には『浜北第一ホテル』と書かれている。
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