先読みの占者

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先読みの占者

 世継ぎに恵まれない王族による国の支配が終わりを告げ、同時に国内の有識者によって選出された有能な司祭を代わりに君臨させてから早数年。  混乱するアストレアンの国名は司祭を据えると同時にアストレーゼンという名前に変化し、少しずつ人々は馴染みつつあった。  異論はあれど、それを見聞きしながら比較的穏やかに時間は過ぎていく。  アストレーゼンの街から外れた、ある小さな集落。  そこは代々先読みという能力を持つ種族が慎ましく生活していた。狩猟を生業とし、その日その日を細々と生きている小さな民族。  先読みの力を使い、彼らは占い師として生きている。集落に寄り道をした旅人達に、安値で旅先の助言をしては、注意を促していた。  集落の長が居住するテントには、まだ見ぬ未来の事を聞きに度々子供達が訪れてくる。  数年後、更にその先。また、彼らが居ないであろうその数百年先の未来の事まで興味深い様子で聞きたがっていた。  その度に、長は水晶玉を覗き込み未来の国の姿を見通していた。  だがそれは確実なものとは言い難い。  間違った未来を見ているかもしれないし、見たままの姿なのかもしれない。これだという確証は無いと前置きした上で、子供らには話を伝えていた。  この日もまた、訪ねてきた子供達に水晶玉に移された自分だけが見える映像の話をする。栄えたこの国の話を。何年、何百年先か分からないこの国の事を。  子供達はどんな物が出現するか、どのような乗り物が流行るか、または服はどんな感じなのかと話を聞きながら、頭の中で想像を膨らませるのが楽しいらしい。  長自身もまた、彼らに未来を告げるのが一日のうちの楽しみでもあったが、深入りはしない程度に話を抑えて語っていた。あまりにも明確に回答を告げれば、いい事は無いと昔から実感していたのだ。  ある日、どんな人が司祭の上に立つ?という話になり、長は要求通りに先読みを始める。  うっすらと浮かび上がる人の姿を、長はゆっくりと意識を高めながら見つめた。  そして、明確にその姿を捉える事が出来たその瞬間。  ハッと何かが繋がった気がした。 「じいちゃん?」 「どうしたの、じいちゃん」  子供達が心配そうにこちらを眺めてきた。我に返った長は、しわくちゃの目尻を優しく緩ませると首を振る。  姿を見る事が出来なかったよ、と。  ええっと残念そうな声を聞きながら、先の短い長は水晶玉を古い布に覆い隠した。 「さあ、もうお家に帰りなさい。お母さんが待っているだろう」  …少し、疲れた。  先読みを深くし過ぎたせいだろう。  優しく彼らを送り出すと、先の短い彼は一息ついた後座ったままで頭を垂れた。  水晶玉で見た司祭の姿を、長は思い浮かべていた。  彼を見た時、向こうと意識が繋がったような気がした。それに気付いたように振り返った彼は、老いぼれた自分とは違って若く、背の高い美しさを誇る青年の姿だった。  何故、意識が繋がったのか。  全く違和感が無く、細い糸一本で完全に一致していた。 「…ロシュ=ネレウィン=ラウド=アストレーゼン」  まるで自分を名乗るかのように、長は呟いていた。  …まさか、未来の自分の姿なのだろうか。  自分が、そんな大それた立場に?  そんなはずはない。  きっと、先の無い老いぼれに見せたある種の夢なのだろう。彼はゆっくりと目を閉じる。  …それにしても、今日は一段と眠い。  少しだけ楽しい夢を見せて貰った、と彼は穏やかな表情で静かに寝息を立て始めた。  消えゆく寝息と共に、彼は再び呟く。  リシェ、待っていて下さい、と。
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