鬼灯の示す道、照らす灯り

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「大丈夫か? いや、大丈夫じゃねぇな。少し休めよ」  ポンと肩に置かれた手を、しかし丁寧に振りほどくと吉良は簡素な折りたたみ式の長机の前に立った。机にはズラッと日記が置かれている。書いた後は押し入れにしまい込んで放置していたのだろう、重厚な黒革の表紙には、真ん中に貼られた御札の縁に沿うように埃やカビがこびり付いていた。御札は、それぞれ別のところで求めたのか神社や寺院の名前がバラバラだった。  どこかの時点で助けを求めたのだろう。祓うことで、当人が水子霊と考えている怪異をなくそうとしていた。本当に水子霊なのかどうなのか、声だけしか聞こえないならばもう判断ができない。日記を読む限りでは、どこかでとうに理性と呼ばれるものは超えてしまっている。現実に起こったことなのか、妄想の類なのかは本人にしかわからない。いやもう、もしかしたら本人にも判別がついていないのかもしれないと思い、吉良は目を閉じた。  とにかく。水子霊が本当なのか幻なのかは関係ない。肝心なのは、積み重ねてきた思いが、綴られてきたこの言葉が束となり形となり、妖を餓鬼を生み出したということだ。 「……まだ、方法がわからないんです。休んでいる暇などありません」  吉良の手は震えていた。日記を開くのを、中に書かれている文章を読むことを、文字を見ることすら体が抵抗していた。字が怖い。見惚れるような綺麗な字なのに、内包している何かに触れそうだった。インクの漆黒の闇の中へと吸い込まれていきそうな感覚が、体の内側から込み上げてくる。  それでもと、吉良は生唾を呑み込んで重い表紙を開いた。妖と対峙する力のない自分ができるのはこれだけ。これしかなかった。  餓鬼が生まれた原因は理解ができた。飢餓で亡くなった赤子のイメージが、餓鬼に繋がってもおかしくはない。自己と他者の区別がまだ曖昧で、自身の形がまだ定まっていない赤子と、最初は不定形だった妖。この繋がりも明確だ。だから問題は妖を生み出した方法、「どこかへ行って帰ってきた」ーーその場所だ。  ページを捲りながら、日記から読み取れる椿の行動をなぞる。水子霊と思しき声が聞こえたあとしばらくして、お祓いを受けるために各所を回った。当然、御札はもらう、清めもしてもらっただろう、祈祷も御経も全てを試したが上手く行かなかった。そしたらどうするか。  通常のやり方では解決しない場合、どう人は動くのか。一般的に正しいやり方とされている「お祓い」の中に留まろうとするのだろうか。 「月岡さん。こんなことを聞くのは酷かもしれないですが、もし月岡さんだったら、どうしますか?」 「どうするって、何をだ?」 「解決しない。いいえ、憑物落としの対処方法が間違っていたとしたらどうしますか?」 
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