呱々の声、形有るもの

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 全国各地の一体どこに妖が出現するのかは誰にもわからない。人と妖は表裏一体。切り離せない以上は人が住む場所であればどこにだって新たな妖が生まれる可能性がある。ただ、それでも吉良がこの地に住み、鬼救寺がここにあるのにはいくつかの理由がある。 「土地、と言えばいい? 古くからこの地には数多くの伝承が残されている。だけどね、新築する前の鬼救寺にはその歴史がないの」  窓枠に頬杖をつくと、車窓を眺めながら柳田沙夜子は説明を始めた。赤く染まる窓にぼうっと浮かぶ顔には生気がなく、見るからに疲れている。 「正確に言えば、記録されていないというのが正しいのかもしれない。その方が都合がいいし、ある意味では平和よね。妖のことが、妖に付随する記憶が存在しないんだから」 「つまりだ。裏を返せばそれほどの出来事がこの地に起こったということか?」 「そう。きっとね」  全く人の手が入っていない鬱蒼と茂る木々の隙間から今にも落ちようとしている真っ赤に染まった太陽が見えた。穏やかに見えてどこか心の底を揺さぶるような陽の光が見渡す限りの景色を同系色に染め上げ境界を曖昧にする。  怪異がそう頻繁に起こるわけはない。だからこそ人は妖を恐れ、近づくのを拒否するのだから。 「だけど、あんたから妖のことについて聞いてくるなんて何があったの?」  沙夜子は窓の外に向けていた目をチラリと月岡に向けた。月岡は、一度バックミラーに視線を送る。 「捜査の一環だ。それ以上の理由はない」 「ふーん。それにしても、あんたと吉良の間にあんまり緊張感が見えないけれど」  肩をすくませると、月岡は助手席に座る吉良の方を一瞥して運転に戻った。両手でハンドルをしっかりと握り締める。吉良は仕方なく口を開いた。 「月岡さんがいたことでここまで辿り着けたのは確かです。僕だけではきっとどこかで挫折してしまっていました」 「まあ、あんただけならね」 「ちょ、沙夜子さん!?」  後ろに顔を向けると、くすっと小さく笑い声を漏らす白装束姿の沙夜子がいた。からかうような素振りとは裏腹に襟元の辺りが血や汚れで変色しており、壮絶な様子が伝わってきた。 「話を聞く限りでは、一筋縄にはいかなかっただろうからあんたの力だけなら無理。でも、協力すればできる。それもたぶんあんたの力なのよ。何があったのかまではわからないけれど、余計なイライラはしなそうでよかった。そうでしょ、月岡」  呼ばれた月岡は鼻を鳴らした。 「ここまで来たんなら、無駄口を叩く気はねぇよ」 「それは私も同感。それじゃあ、今向かっている廃病院だけれど、亡くなる前に彼女が行って帰ってきた、というそれは間違いないのね?」 
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