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沙夜子がそう疑問に思うのも無理はないと吉良は思った。住宅地から離れた森の奥に件の廃病院はあるからだ。旧総合病院。と、噂されるものの実態は誰にもわからない。病院機能がなくなってしまったから、新たに中心部に巨大な病院が建てられたのだと言うものもあるが、その話を裏付けるものは何もない。噂のままにあり、噂のなかにある。妖と同じように不安定なままに存在するのが、この廃病院だった。よって、怪異の噂は尽きない。
沙夜子とともに何度か足を運んだことはあるものの、辿り着くためには時間も労力もかかる。常に足元に注意を払いながら背丈以上に伸びた草木をかき分け、道無き道を進まなければいけない。行くのは不可能では決してないものの、確固たる目的がないと途中で諦めてしまうだろう。
「僕も最初聞いたときはそう思いました。あの場所は呪いを置いてくるのなら最適な場所です。人目につかない場所にありますし、親和性も高い。分娩室もありますし、何より多くの妖の出現例があります。一般的には心霊スポットの一つにされていますしね」
廃病院は横に長い二階建ての建造物だった。廊下に階段に各部屋に焼け焦げた跡があるにも関わらず基礎がしっかりしているのか、構造はそのまま残されているのが当時訪れたときには不気味だった。
「でも、証言がありました。月岡さんが雨平さんに再度亡くなった女子生徒の交友関係を調べてもらったんです。そしたら、複数の友人やクラスメートが、女子生徒はそこへ向かったと」
「何をしに?」
「そこまではわからなかったようです」
「大方後ろめたい何かがあったんだろ? 肝試しに行ったとかなんとか。こんな事態になったもんだから言い出せなかったんだ。雨平にカマをかけてもらったんだよ。少女の胃の内容物からどこか火災のあった場所へ行っていたことがわかったが、本当に知らないのかと。その場所は呪いが掛けられていて、場所を知っているだけでも呪いが降り掛かるかもしれないーーってな。そしたらすぐに白状した。もちろんその後に呪いの話は嘘だということと、近寄るなと注意しておいてもらったが。ま、だからこそ証言の信憑性は高いと思うがな」
沙夜子はシートベルトをぎゅっと握った。考え込むように視線を落とす。
「ねぇ、証言をした友達やクラスメートって女の子?」
「そこまでの情報は確認していないが。必要なことなのか?」
「いいえ、大丈夫。気にしないで余計なことだったわ」
そう言ってまた秋の風が吹く窓の外へと顔を向けた。吉良の視線には気づいているのだろうが、あえて気づかない振りをしているようにも見える。こういうとき、実際には何かに勘付いていることが多いことを吉良は知っていた。だが確証はないのだ。だから言わない。そのときが来るまで。
吉良はフロントガラスの先に目を向けた。進行を邪魔するような枝を払い除けて無理矢理に進む先に似つかわしくない黒い影が現れる。
「沙夜子さん」
「なに?」
「こっから先は陣に頼るしかありません。よろしくお願いします」
「わかってるわよ。起因はどうあれ妖は妖。人に害を及ぼした以上は、どんな理由があっても対処するしかない」
視界が開け、突然に目の前に出現したのは黒く焼け焦げた病院の、もはや残骸だった。
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