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その国のお姫様は、たいへん心やさしくて、誰にでも愛にあふれたほほえみを向けるような方でしたので、国中のみんなから好かれていました。
豊かに波打つ金の髪を背中にたらして、優雅に歩くお姫様を憧れの瞳で見つめているのは、人間だけではありませんでした。
鳥たちは、お姫様によろこんでもらいたくて、かれんな歌をうたって聞かせました。
コマドリが高らかに歌います。ヒンカララ、ヒンカララ。
カッコウが重々しく歌います。カッコウ、カッコ、カッコウ。
めんどりはお姫様のためにおいしい卵をさしあげて、おんどりは早起きをして時を正確に告げる仕事にはげみました。
お姫様が庭を散歩すると、野ウサギがひょっこりと遊びに来て、怖がる様子もなくそのやわらかな背中をなでさせると、差し出された葉っぱを食べました。
森からやって来た鹿の親子は、したわしげに頭をすりつけました。
暴れ馬でさえ、お姫様の前では、おだやかな顔になり、従順に背中を差し出しました。
お城で長年飼われている犬などは、人のよろこぶことをよく理解していましたから、おすわりやふせの芸を見せたり、言われた物をさっと取ってきたりと、いつも利口にふるまいました。
そうして、たびたびお姫様からおほめの言葉をもらい、うれしそうに尾をふるのでした。
そんな動物たちの様子を、お城で暮らす白猫は、ねたましい思いで見ていました。
あいつらこびうっちゃって。
いいな、いいな。
白猫も、いつもやさしくなでてくれるお姫様のことが、大好きでした。
でも、いままで自由気ままに生きてきた彼は、人のよろこぶことを想像して、それを実行するために行動するのは、どうにも苦手なのでした。
ある日、猫はぶりぶりに太った見事なねずみを捕まえました。
(おおものだなあ。そうだ、お姫様にプレゼントしよう。これなら大よろこびだろう)
そこで、ネズミの死がいを、お姫様のベッドの枕元に、そっと置いておきました。
その夜、お姫様の寝室から、叫び声が聞こえてきて、大さわぎになりました。
「誰だ、こんないたずらをしたのは!」
「姫様。お気をたしかに……!」
「きっと猫のしわざですわ。あいつめ、ろくでもないんだから」
使用人たちがさわぎたてるのを聞いて、猫はしょんぼりしてしまいました。
(ぼくのよろこぶことと、お姫様のよろこぶことは、ちがうんだなあ)
そこで猫は、しばらくの間、お姫様をてっていてきに観察することにしました。
誰かをじっと観察することに関して、猫は恵まれた生き物でした。猫は小回りが利きますし、人の行く所、どこにでもついて回れます。
半年が経ちました。
その間、お姫様の好きなものを、いろいろと調べました。
バラの花束、おいしい料理、美しい音楽、仲の良い人とのおしゃべり、刺しゅう、読書……。
しかし、なかなか自分にもできそうな贈り物は見つかりません。
ある時、お姫様が手紙を読んでいる姿を見かけました。
そのうれしそうな表情を見て、猫は、これならと思いました。
(紙にくねくねした黒いのを書けばいいんだな。簡単そうだ)
さらに、白猫は観察をつづけました。今度はお城中のあらゆる人を対象にして、文字を書く手元を見つめました。
二年が経過しました。ねばり強いのも、猫のとりえのひとつでした。
いまでは猫は、簡単な人間の文字を読めるようにまでなっていました。
ある日、白猫は、だらしない大臣が、机の上に手紙を書く道具を出しっぱなしにしたまま、お昼ごはんに行ったのを知りました。
「チャンスだ」と、白猫は机に飛び乗ると、ガチョウの羽ペンを口にくわえて、インクをつけました。
新しい紙をつめで引きよせて、そこに文字を書いてみようとします。
ですが、ペン先は猫の目からは見えませんし、やってみると意外とむずかしいのです。
インクをあたりにまき散らしながら、何度も失敗し、たくさんの紙を無駄にしたのちに、ようやく一枚の手紙が完成しました。
猫は大得意になると、手紙をくわえて、お姫様の部屋に向かいました。
部屋には誰もいなかったので、手紙をテーブルの上に置きました。そして、洋ダンスの上にのって丸まりながら、心の中の期待と不安を何食わぬ顔の下にかくして、お姫様が来るのを待ちました。
やがて、乳母を連れたお姫様が部屋に入ってきました。
(お姫様はどんな顔をするだろう? よろこんでくれるかな?)
白猫はドキドキしながら見守りました。
最初に手紙に気づいたのは乳母でした。不審な顔で眺めたあとに、汚いものに触れるように、手紙をつまみあげました。
「なんでしょうか、この紙。インクまみれで汚いですわ。子どものいたずらでしょうかねぇ」
捨てようとする乳母から手紙を受け取ると、お姫様はじっと眺めました。
そして、ふふっと口元をほころばせました。
「変わったお手紙だけど、いたずらには思えないわ。きっと誰かがいっしょうけんめいに書いたのよ。ひと文字ひと文字、とても心がこもっているのがわかるもの」
かたわらで聞いていた猫が、白黒のぶちになった顔をあげて、にゃーんと高らかに鳴きました。
『おひめちま だいすち いつしよニいてね ねこよい』
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