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学校なんて場所は、私にとっては楽しくとも何ともなくて。家にいる時と同じように苦痛だった。
友達なんてものは、もう随分と前からいない。
心を許せる人も、味方も。断ち切られてしまった。変わってしまった。
朝、教室に入って一番最初に目につくのは自分の机の上に置かれた汚い雑巾。水浸しのその雑巾のせいで机も椅子も濡れてしまっていた。僅かに零れる水滴が、ぽたぽたと床を濡らしていく。
馬鹿みたいだ。性懲りもなく、毎日毎日。
濡れている雑巾をつまみ上げて、教室にあるゴミ箱へ捨てる。
そんな中でも、クラスメイトは私をチラリと見るだけで反応は示さない。そんなに無視するなら最初から構わないでほしいとすら思う。
机も椅子も、持ってきていたタオルで水気を取る。けれどやはり全ては取りきれなくて、まだ少し濡れてしまっている。
取りきれないものはもうしょうがない。
タオルも雑巾同様にゴミ箱へ捨てた。
そして席に戻り、私は制服のスカートが濡れることに何の躊躇も無く椅子に座る。
「うわ、汚ぇー……」
そんな私を見て、誰かがそんな事を呟いた。
ほっといてくれ。私だって別に綺麗だと思って座っている訳じゃない。
そんなの、……自分が一番良くわかってる。
それから担任教師が教室へ入ってからも、いつもと同じような時間を過ごした。私の周りだけ不自然に濡れる机や床を見ても、担任教師は一切触れようとせず無視をする。
最初から何もないみたいだ。誰も助けてはくれない。自分以外は皆、敵だ。
一限終了のチャイム音も、今の私にとっては耳障りだった。
「死ね、クズ」
次の授業が行われる教室へ向かう最中の階段に差し掛かった付近で、後ろからそう呟かれたかと思えばすぐに、振り返る間もなく背中を強く押される。そのままバランスを崩して階段を転げ落ちてしまう。
「っ……!」
体が痛い。予想外の衝撃に、すぐには立ち上がれなかった。周りに居た生徒達はざわざわ話すだけで、落ちたのが私だと気付くと誰も助けようとはしない。
私を突き飛ばした本人はにやりと笑みを溢していた。しかし、それも一瞬で。
「瑛茉!!大丈夫!?」
ついさっきとはまるで別人かのように、私を本気で心配する"フリ"をする。そんなあの子を見て、周りは口々に『優しい』なんて言葉を漏らす。
……吐き気がする。
差し出された手を跳ね除ける。
私にとってどう考えても不利なこの状況で、あの子の手を振り払うことがどういうことなのか、分からない訳ではなかった。けれど、素直に従うことも尚、同じように嫌だった。
傷ついたような表情を見せるあの子は、本当に相当な役者だと思う。
「ごめんね、私が急に後ろから話しかけちゃったから……」
微塵もそんなこと思ってないくせに。
「びっくりさせるつもりじゃなかったの」
嘘つき。
「怪我してない?大丈夫?」
死ね、って言ったくせに。
「本当にごめんね」
その言葉の重さを、お前は知らないんだ。
謝罪と同時にもう一度握られたその手を、私はまた振りほどいた。
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